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18:最終話

 その後、お兄様は侍女と服を手配し、私の身なりを整え、馬で王都まで運んでくれた。森は王都からそれほど離れてはいなかったため、午後遅くには、私とお兄様は公爵邸に着くことができた。


 かかりつけの医師が待ち受けていて、私は手当を受ける。

 傷だらけでボロボロになった私の手足を見て、お母様やエロイーズお姉様が泣いた。

 暗い森の中を歩いている間に、折れた枝や尖った石によって抉られた怪我が幾つもあって、ずっとその痛みを無視し続けてきたが、薬を塗って包帯をした後は、急に痛みがズキンズキンと脈動し始めた。


 手にも、無数の切り傷ができていて、棘も刺さっている。

 棘を取り除き、傷に薬を塗って十指全てに包帯を巻いた。手の指は敏感なので、ほんの少し切れただけでも痛い。今までよく我慢していられたな、と自分でも思う。包帯だらけで、当分一人では食事もトイレもできそうにない。


 蹴られた腰は少し赤くなっている程度だったが、意外な事にノーマお姉様が激怒して、とても悪い言葉を使ったので、お母様にたしなめられていた。

「その件については、お父様が必ず対処なさいますので、貴方達は口を閉ざしておきなさい」


 手当が終わった後、お父様とお兄様が部屋に呼ばれた。

 医師から怪我の様子を聞いたお父様は、口数は少なかったが、私の居るベッドの傍を離れようとはしない。その後ろに控えているお兄様は、さっきと違って、身だしなみをきちんと整えていた。いつもなら小カラドカスなどと茶化してしまうのだけれど、今日は凜々しく見える。


 私は、心配をかけた事を家族みんなに謝った。

 このところ、家族愛に恵まれないマクシミリアン王子やザイオンと接する機会が多かったためか、改めて、兄や姉二人、両親の存在に感謝する。何の変哲もないモブ家族に生まれたモブ令嬢で、私は幸運だ。


 それよりも先に何か食べろとお兄様に言われ、簡単な食事を一口ずつ口に突っ込まれていたところに、王宮の文官が二人、私の話を聞くため公爵邸に到着したとの報せが入る。




 ここからが最終決戦だ、と私は自分に言い聞かせた。

 私の悪事がばれたら、公爵家も無事では済まないかも知れない。

 睡眠不足で思考力が鈍っている中、普通の令嬢としての振る舞いに矛盾しないような話を、どうやってでっち上げよう?

 私は懸命に考える。


 極力、事実に即した説明をしよう。

 そこにほんの少し、嘘と隠蔽を混ぜればいい。


 マクシミリアン王子と一緒に城の外に出て話し合い、その直後人攫いに遭った、というところまでは、事実としては間違っていない。城内で王子とトラブルがあった事は、お父様も知っていたので、すんなり通るだろう。だが、私が平民の服を着ていた理由を捻り出す必要がある。


 手足を包帯だらけにして、ベッドの上に座っている私は、小さな女優と化した。


「私とマクシミリアン王子殿下は、秘密のお話をしなくてはなりませんでした」

 十歳の公爵令嬢である私、アメリア・カラドカスは、気遣わしげに言う。

 私の家族全員と、医者、文官達が、私のベッドの周囲で聞き入っている。

「誰にも内緒にするために、私は、平民の服を着て、王子殿下は訓練中の服を着て、お城の外で会いました」


 うん、こんな感じかな。


「王子殿下は、ある理由から、私がザイオンをお兄様と呼ぶ事が、どうしても許せないとおっしゃいました。私の口からは、その理由を申し上げる事はできません」

 この場で、王子とザイオンが兄弟だと知っているのは、お父様だけ、あるいはもしかしたら文官達も知っているかも知れない。だからこそ、この話は真実味を帯びるはずだ。


 マクシミリアン王子は、兄弟である事をばらしたらお前を置き去りにして一人で共和国に行くと、ザイオンに念を押されているようだった。王子は最初こそ、兄弟である事を隠した言い方だったが、後で『僕が刺された時、ザイオンは泣いたんだ。弟が死んじゃうって』とうっかり暴露した。事実関係は多少前後するものの、私の話は嘘ではない。

 誰からもコメントが無かったので、私は続けた。


「私は、王子殿下の意向を汲んで、二度とお兄様とは呼ばない事を誓いました。それから、殿下は、ザイオンが突然この公爵家に住む事になった点についても、納得できないとおっしゃっておいででした。それについては、私には何もできないという事を説明していましたところに、人攫いが来たのです」


 私は許しを請うように、身体の前で手を組んだ。


「私が初めに捕まり、人攫いは、動くと私を殺すと、王子殿下に言いました。おそらく殿下お一人でしたら、逃げられたでしょう。でもマクシミリアン王子殿下は、私を守るために捕まってしまったのです」


 穀物袋は省略、と。袋に入れられた時、脱出にナイフを使った話はしたくない。ナイフを用意していた理由を問われれば、詰むからだ。


 王子も、そこまで詳細には説明しないだろうと私は踏んでいた。もしも袋に入れられた事が王子を通じて知られた場合は、『そういえばそうでしたわ! でも私の入れられた袋は劣化していて、すぐに破れました。王子殿下の袋は、倉庫に落ちていたナイフで切りました』で通そう。袋を調べられたら、どちらも切り裂かれている事がわかってしまうかもしれないので、これは最終手段だ。


 その後のことを私は、自分のやった事についてはほぼ触れずに説明した。結果、マクシミリアン王子が大活躍して、私を庇いながら敵を一人で全員倒した、という冒険譚になってしまった。


 人を殺した話がこんな風に変貌するのかと、心の中では前世の価値観に囚われた私が罪悪感にまみれかけたが、前世でだって『戦争の英雄』は敵国人をたくさん殺した人の事だったし、アニメでは毎週のように、頭脳は大人な小学生が死体を検分していたし、時代劇やゲームでは、刀を持った侍が踊るように人を殺し、血しぶきを散らせていた。映画で主人公が格好良く銃をぶっ放している先には、一つ一つの銃弾が誰かの身体にめり込んで命を奪っているのだ。


 だから、襲ってきた殺し屋を、ド素人の子ども二人で返り討ちにした話が冒険譚になってもおかしくはない。

 失敗したなと思ったのは、話を聞いていたノーマお姉様の目の色が変わったのを見たからだった。


「マクシミリアン第一王子殿下って、お強いのですね」

 ノーマお姉様の脳内に、実物とは全く違うマクシミリアン王子像が出来上がっているらしい事は、その声色からもわかった。多分、白馬の王子様系だろう。


 確かにマクシミリアン王子は、強い。

 殺し屋にあれだけ狙われて、一撃も入れられなかったのだから。

 さすが野生の王子、身体能力が異常に高い。

 でもそれは、ノーマお姉様が憧れる王子様的強さとは違っているように思う。


「私、王子妃に立候補しても良くてよ」

 うっとりと言うノーマお姉様の言葉は、お医者様と話しているお母様や、私の話を記録した文官達と話し合うお父様の耳には入らなかったようだ。


 実物に会って、白馬の王子様ではなくて猿系王子様だとわかれば、ノーマお姉様も引くだろうと私は思った。

 エロイーズお姉様は、ノーマお姉様にニコニコと笑いかけている。

「同じ十三歳ですものね! 二年後に通われる貴族学園ではきっと、お姉様と殿下は同級生としてお過ごしになるのでしょうね! 羨望と嫉妬と愛憎渦巻く、ロマンスの予感がしますわ! 是非とも、そばで見てみたいものです!」


 そのロマンス、ノーマお姉様とマクシミリアン王子の間に芽生える前提ではなさそう。私は疲れ切っていた上に眠気に襲われ、何も考えられない状態で、ベッドの上にぐったりと横たわり、目を閉じる。


 お母様の手が、私の頭を撫でた。前世の記憶が戻るまでは、お母様が私の頭を撫でるのは子どもだから当たり前だと思っていた。この、愛されているという感覚が、子どもにとってどんなに大切なものなのか、今ならわかる。

(マクシミリアン王子が、ザイオンにたくさん撫でてもらえますように……)

 私はお母様の手に、自分の手を添える。


 どうすれば傷痕が残りにくいかという点について、お母様は、お医者様を質問攻めにしている。

 文官達は、北の離宮には寝具が一つしか無かったため、寝る時もザイオンと一緒に過ごしてきたマクシミリアン王子が、急に引き離された事で精神的に不安定となり、一連の騒ぎを引き起こしたのではないか、というような話を、公爵としている。

 それを聞いて、なぜか鼻息を荒くしている人が居る。重い瞼を開けてまで確かめる気にはなれないが、エロイーズお姉様だろう。


「将来の王妃に相応しい教養と品格を身につけなくてはなりませんわね。私、覚悟を決めました」

 何やら妄想を深めていくノーマお姉様の行動が、将来マクシミリアン王子の国外逃亡を後押しする事になるとは、この時の私には知りようもない。


「見えます……ご令嬢方が王子殿下をお慕いし、追い求める未来が……追いかければ追いかけるほど、王子殿下は逃げ惑い、側近の元へ……」

 予言者のように小声でブツブツ呟き始めたエロイーズお姉様。私の脳裏にはなぜか、子猿が怖がって親猿にしがみ付くイメージが浮かんだ。


 みんなの声が、急速に遠のいていく。

 これで、全て終わった、と思った。


 何か忘れている。ゲームに関する、何かだ。


 もういいじゃない、と十歳の私が言う。

 私は充分にやった。

 この世界は、ゲームから派生した世界で、ゲームそのものではない。

 私は、これ以上関与する必要はない。


(それでも、この世界の人間関係はゲームに準じている)


 バッドエンドに至る一つ前のシーンを、思い出す。

 そうだった。

 ザイオンに伝えておくべきだろうか?


 広がり始めた不安を、極度の疲労がねじ伏せる。

 せっかく思い出した事が、遠のいていく。


(大丈夫。ドラゴンを呼び出して、ブレスで魔術師を焼き尽くせば、バッドエンドは回避でき、魔王も復活しないはず。私の役目は、ここで終わり)


 ようやく私に訪れた安寧が、思考を駆逐した。

 そして一晩過ぎる頃には、私は、何か忘れていると思った事さえ忘れていた。




 人攫い達も殺し屋達も壊滅したため、事件の詳細は私が話した事が全てとなった。お父様やお兄様に漏れ聞いた話から推測すると、どうやらマクシミリアン王子は、城を勝手に出た事を責め立てられ、拗ねて何も喋らなくなったらしい。


 係官や騎士団の関係者が来ては、私に何度も同じ話をさせたが、矛盾点を突いてくるような人物は一人もいなかった。十歳の女の子が狡猾な嘘を吐くなんて、思ってもいないようだ。


 こうして、私のマクシミリアン王子殺害計画は、誰にも知られる事なく、裁判も行われず、無事闇に葬られた。


 ザイオンは、二度とマクシミリアン王子が危険な真似をしないよう、城内に常駐することになり、私は家臣でありながら王子を危険に晒したとして、お父様に登城を禁止されたので、あの日以来ザイオン達と顔を合わせる機会はない。


 私は転生前の記憶を取り戻す前の、平穏な日々を過ごし始める。


 この平穏は、長続きするだろうか?


 何年後かのある日、カプリシオハンターズ共和国からエルフ達が攻めてくるかもしれないし、あるいは、突然空が割れて、遠い星域にあるはずのマグネターが大陸を粉微塵にするかも知れない。


 ゲームとは展開の異なる世界では、先の事は全く分からなかった。

 私は、今はもう、自分に何の力もない事はよくわかっている。

 世界がどう動こうと、今後はアメリア・カラドカスとしての人生を精一杯生きるだけだ。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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