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17:お兄様

 困った事に、ザイオンがいなくなった後、平民服を着た私は自分の身分を証明する事ができなかった。

 私の顔を知っている可能性のあるマクシミリアン王子の側近や近衛兵達は、王子の護衛として一緒に城へ向かっている。


 今、この森周辺を捜索している師団には、私の顔を知っている人はいないようだ。私は誘拐された平民の子どもとして扱われ、女性騎士に身体検査され、私のポーチとナイフ、ハサミは、鞘ごと没収された。


 押収されて記録をつけられたわけではないから、おそらくそのまま破棄されるか忘れられるだろう。私の所有物だとわからないように消えて欲しいと、私は願った。この先、マクシミリアン王子殺害未遂容疑で私が裁判にかけられるとしたら、武器は事前に殺害準備をしたという物証になり得るからだ。


 そのまま待っているように言われ、私は天幕に入る事もできず、木々が伐採された場所で直射日光に晒されながら、切り株に座っていた。昔やっていた箱庭ゲームでも、斧で木を切った後の切り株がベンチになったな、などと思う。




 一応、責任者らしい騎士団の服を着た男が天幕を出てきた時に、進み出て名乗ってみたが、「はぁぁぁ?」という顔をされた。

「カラドカス公爵令嬢が、お前のような汚らしい格好をした不細工な訳がないだろう! さては、入れ替わりを企んでおるのか!」

 そう怒鳴った中年の男は、私の腰の辺りを蹴りつけた。


 大人の男の力には勝てず、地面に転がってしまった私は、この騒動を起こした張本人だと自覚しているので、怒る気にはなれない。

 ニキビの多い中年男の顔ではなく、その上の薄い金髪の癖毛を見上げながら、

「わかりました。では、自分で歩いて帰ります」

 と言った。


「そんなことが許可できるか! 人攫いの一味の可能性もある! おい、そこの田舎者! 貴様、この平民の子どもを見張ってろ!」

 責任者は、自分の後ろにいた若い騎士に指を突きつけてそう言った後、待機していた騎士数人に何事か指示を出して、また天幕に戻っていった。


 騎士達は数人単位で出発しては、道なき道を右へ、左へと分け入っていくので、何をしているのかと思えば、しきりにカラドカス公爵の名前が聞こえてくる。


 彼らはどうやら、マクシミリアン王子と一緒に人攫いにさらわれた『美貌のカラドカス公爵令嬢』を探しているらしかった。




「申し訳ないわ」

 切り株に戻って座り直し、私がそう言うと、後を付いてきた若い騎士が尋ねる。

「なぜそんな事を?」

 十七、八ぐらいの、まだ少年と言ってもいい騎士は、私を人攫いの一味だとも、汚らしくて不細工だとも思っていない様子だった。

「あんな風に酷い扱いを受けて、腹が立たないのか?」


 騎士の顔をよく見れば、目鼻立ちは整っている。金髪を野球部のように短く刈っていなければ、相当な美男子だろう。

「申し訳なく思い、腹が立たない理由は二つありますわ」

 相手が厳しい顔つきをしているので、私も真面目な顔を保つ。

「一つ目として、この騒動は、私が人攫いに捕まったために起こったものです。暑い中、皆さんが今日苦労して山を歩き回っているのは、私のせいですし、先ほどのお偉い方が首都を出て森の中の天幕で指揮を執らなくてはならなくなったのも、私のせいなのです」


 特にその詳細を問いただすことなく、騎士は尋ねる。

「二つ目は?」

「私が、美しくないからですわ」

 自虐的になるつもりはなかったので、事務的に話す。

「探し回っている『美しい』公爵令嬢が、実はこの切り株に座っている私だと知ったら、皆様は後でお怒りになるでしょうね。その時の皆様の気持ちを思うと、本当に申し訳なく思います。お父様のカラドカス公爵をご存じなら、その娘が美しいはずがない事はおわかりになっていただけるのに」


「前宰相が病で亡くなるまでは、公爵はあまり政治に関わろうとはされて来なかったので、この場には顔を覚えている者がいないようだ」

 騎士は、捜索から戻ってきたばかりの騎士達の一人に手を振った。

「エダン!」

 呼ばれた若い騎士は、迷惑そうな顔をしながら近寄ってくる。


「セオドア。今お前とお喋りしている暇は」

「こちらがドミリオ級長の妹君だ」

 そう言われて、呼ばれた騎士は私に視線を向け、目を見開いた。

「似てるな!」

「だろう?」

「まあ。失礼ね!」

 そう言いながら私は、どうやらお兄様の貴族学園時代の同窓生に囲まれているらしいと気づいた。


 私の隣に立つ騎士は、やや憤った表情で言う。

「捜索の指揮を執っている第二師団の団長殿は、このご令嬢をアメリア嬢だと信じないばかりか、汚くて不細工、人攫いの一味だと罵り、蹴り飛ばした。ドミリオに報せてもらえないだろうか?」


「任せろ!」

 と言い、呼ばれた方の騎士は自分の所属する捜索隊へ戻っていく。私の方を見ながら相談をしていた彼らは、天幕とは違う方向へ素早く移動し始めた。


「気を悪くしないで」

 若い騎士は言った。

「ドミリオは、私達同級生の間では、かわいいドミリオと呼ばれていた」


「かわいい?! お兄様が?」

 私は驚いた。

「背が低いからですか?」

「こぢんまりした目鼻立ちがかわいいと、令嬢方には人気だったんだが、知らなかったのかい? それに、誰にでも人なつこく話しかける彼は、辺境から貴族学園に来たばかりで孤立していた貴族子弟には、随分ありがたい存在だった」

 若い騎士の口調からは、彼もその一人であることが読み取れた。


「ただのお調子者の変態だとばかり思っていました」

 私は、身内を褒められて温かい気持ちになる。そういえば、お兄様が居るおかげで、ザイオンも早く我が家に馴染めたようだった。今まで私は、ドミリオお兄様を軽んじ過ぎていたかも知れない。


「変態」

 若い騎士は、一瞬喉の奥で笑ったが、以降は真面目な顔を保っている。

「つまり、私が言いたいのはね、ドミリオに似ているというのは、私達の間では、褒め言葉だという事だ」


「そうでしたの」

 私は微笑んだ。つまり、こぢんまりした地味な目鼻立ちという事。


「うん、私の言いたい事が伝わっていない気がするな」

 若い騎士は、困ったように言った。

「君はさっき、自分の事を美しくないと言ったが、世の中の価値観は、美しい、美しくない、という二択ではない。かわいい、賢い、りりしい、他にもたくさんの基準があり、それを掛け合わせていくと、価値を計る物差しは無数にある。だから、その……」


「その通りですわ! でも、それがわかっていない人が、世の中には多いのです。慰めてくださって、ありがとう。充分に伝わりました」

 私は、自分の容姿については理解しているので、落ち込んではいない事を示したつもりなのだけれど、騎士は微妙な顔をしている。

「実は私、自分を、美人ではなくても賢いと思っていました。人攫いに捕まって、いろいろとやらかして、賢くもないことがわかって、ショックでした。でもきっと、そんな私にも他に何か価値があるかもしれませんね」


「君は、十歳だとは思えないほど賢いよ?」

 と言った騎士の言葉が、ザイオンを思い起こさせた。

 私が、不用意な言葉で怒らせ、傷つけた人。


 急に、泣きたい気持ちになったところへ、名前を呼ばれた。

「アメリア!」

 振り返ると、ドミリオお兄様が、こちらに走ってくるところだった。

 いつもなら綺麗に撫で付けている茶色の髪は乱れ、靴は泥だらけ、服のあちこちに、葉っぱがついている。


 私は思わず立ち上がって、兄の方へ駆け寄った。

「お兄様……!」

 ドミリオお兄様に抱きしめられた私は、なぜだろうか、十歳の子どものように泣けてしまって、涙が止まらなかった。


「無事で良かった!」

 何度もそう繰り返すドミリオお兄様も、私に負けないぐらい泣いた。

 お兄様は、背は低いし、格好良くもないし、美しいお顔でもないけれど、いつも表情豊かで、とても優しい。私のお兄様が、ドミリオお兄様で良かった。


 私達の周囲に人が集まり始めた気配を感じて、私は顔を上げた。

 一番に見えたのは、青ざめた顔をした、さっきの責任者だ。

「まさか本当にお前が……?」


 その言葉を聞きつけたドミリオお兄様は、私を背中に庇うようにして、彼を睨み付けた。

「王国騎士団第二師団団長殿。このたびは、妹の捜索にご尽力いただき、誠にありがとうございます」

 丁寧な口上だが、内容とは違って刺々しい口調だ。

「我が妹を不細工と罵り、蹴り飛ばしたそうですが、気は確かでしょうか?」


「申し訳ありません……お顔を存じ上げなかったもので。お召し物もそのような」

 男がオドオドとしながら口にする言い訳を、ドミリオお兄様は遮った。

「この子が公爵令嬢ではなかったとしても、そのような行為は、騎士団団員としての品格を疑いますね。後日、我が父公爵より、改めてお礼をお伝えしにお伺いするかと思いますので、よろしくお願いします」

 第二師団団長の顔色が、悪くなっていく。その後ろで、ドミリオお兄様の級友達がしてやったりの顔になる。さっきの田舎者呼ばわりといい、普段から横暴な上司に手を焼いていたのだろう。私が彼らに微笑みかけると、団長は自分への脅しだと深読みしたのか、フラリとよろめいて、近くの切り株に足を取られ、派手に転んだ。


 第二師団団長の醜態を無視して、お兄様は、集まった捜索隊の面々に感謝の言葉を述べ、今日一日分の特別報酬金を約束した上で、解散を宣言する。その言葉に従って、機嫌良く撤収作業を始める大勢の騎士達を見ながら、ドミリオお兄様は思ったよりも有能らしいと、私は少し見直したのだった。











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