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10:襲撃

「くらい……くらい」

 マクシミリアン王子が、目を覚ましたようだ。


「静かに。大声を出すと、悪い奴らが来るよ」

 ナイフで袋を切り裂いて、出してやる。


「だぁれ?」

 薄暗くて、互いの顔がはっきり見えない。

「アメリア・カラドカスよ」

 ナイフを鞘に入れて、私は彼を立ちあがらせた。

「アメリア嬢は、いもうと?」

「……そう」


 早く行動しないと、人攫い達が帰ってくる。

 扉が開くか試してみたが、鍵がかかっていて、開けられそうにない。出入り口はここだけのようだ。


「あそこから出られる?」

 と、私は高い位置にある窓を指さしながら王子に訊ねた。


 物置部屋に積まれている木箱と、レンガ造りで凹凸のある壁を見て、マクシミリアン王子は頷いた。

「僕はあそこから出られる」


「ザイオンが、いなくなった貴方を一生懸命探していると思うの。悪いやつらに見つからないように、木の上に隠れて、明るくなったらザイオンのところまで行ける?」

「うん」

 王子はもう一度頷いた。


「ここには絶対に戻って来ないでね。それから、さっきみたいに悪い奴が、私にナイフを突きつけて、動くなって言っても、絶対に言う事をきかないこと。わかった?」

「お前が刺されたら、ザイオンは泣かない?」

 マクシミリアン王子は、不安そうに言った。


 そんな事を気にして、さっき逃げなかったのか。

「ザイオンが泣くわけないでしょ?」

 私は自信を持って断言する。


 ザイオンのキャラクターを使ってゲームを無限リピートした私だが、この世界のザイオンから見れば、私の重要度はそれほど高くない。というかほぼ無価値だ。私が死んだって、ザイオンは泣いたりしないだろう。


「僕が刺された時、ザイオンは泣いたんだ」

 悲しげな声で王子は言う。

「弟が死んじゃうって。いもうとは大丈夫?」


「……妹は大丈夫」

 私は請け合った。

「随分暗くなってきたわ。まだ日があるうちに外に出て」

 私に促され、マクシミリアン王子は積まれた空の木箱に上り、そこから壁に取り付いて、あっという間に窓へ到達する。


 明かり取り用の窓は縦幅が狭く、大人の男だとくぐり抜けられなかったかも知れない。マクシミリアン王子はギリギリで、どうにか外へ出る事ができた。

 彼が姿を消した窓を、私はほっとして見上げた。




 ここまで準備しておいて私は、彼を排除する事を、諦めた。


(世界を救うとか、救わないとかは、どうでも良くなっていた。無意識に、『この子』を救おうと決めた時点で)


 私は何をやっているんだろう。

 自分でもよくわからない。

 モブ令嬢に徹する事もできず、悪役令嬢にも転身できずに、この世界に転生してきた理由って何?


 空の木箱を一つ、床に置いて腰掛け、急速に明るさを失っていく部屋の中で、私は項垂れていた。

(私は、転生前の記憶を取り戻してからずっと、プレイヤー気取りだったんだわ。自分を特別視して、私は世界を救うために招かれたのだ、自分ならこの世界を救える、救わなければ、なんて──)


 今は、転生前の記憶を思い出した時とは逆に、自分がただの、公爵家の末娘アメリア・カラドカスでしかない事に気づいてしまった。


『僕が刺された時、ザイオンは泣いたんだ』

 王子はそう言った。

 ザイオンが泣くシーンなんて、私がプレイしたゲームにはなかった。


 王子も私も、ザイオンも、私の家族も、みんな、ゲームの登場人物として生きているのではない。


 よく似た世界に、一人一人が意志と感情を持つ人間として、人生を送っている。

 それが、ゲームとは違う展開になっている真の原因だ。

 王子一人を殺したから元のストーリーに戻る、という単純なものではなかった。


(ゲームよりももっと複雑に、一つの宇宙として成り立っているこの世界を、私一人でなんとかできるわけがない。私も、その世界に生きている一人に過ぎない。思い上がっていたんだわ)


 王子を無事に逃がすことができて、良かった。

 もし死なせていたら、家族にも、ザイオンにも、もう二度と顔向けできなかっただろう。私自身、世界を救えるなんて思い込みで王子を死なせてしまった自分を、受け止められたかどうか。




 危機はまだ去ってはいないと、私は気づく。

 どこか遠くで、何かが壊れる音がした。

 その後、妙に、辺りが静まりかえっている。


 ここに私達を連れてきた男達は、なぜ動かない?

 話し声一つしないなんて、おかしい。


 予感に促され、ドアの方を見ながら、私はそっと立ち上がった。

 ベルトにかけている、ナイフの方に手をやる。


 ナイフは無かった。


(またなの?!)

 マクシミリアン王子が持っていたとしか、考えられなかった。

(手癖が悪いわね、あいつ!)

 思わず、笑みがこぼれた。

 多分あの子のこういうところが、死の運命を回避して、生き延びる事のできた理由の一つなのだろう。


 ポーチから、唐辛子の入った小袋を出す。

 蝶々結びにしたリボンを、そっと緩めた。


 足音が近づいてくる。

 半地下までの階段を、降りてきて、ドアの前で止まった。


 ノックの音がした。

 人攫いの連中なら、ノックなどしない。


 緊張で、声が掠れる。

「だぁれ?」

 王子のたどたどしい発音が、感染していた。


「マクシミリアン第一王子殿下、王城からお迎えに参りました」

 男の声が言った。

 私を、王子だと思ったらしい。

 鍵を開ける音がする。


 とっさに、今まで座っていた木箱に、切り裂いた麻袋をかけた。

 足で、人が麻袋を被って蹲っているかのように整える。


 ドアが開き、灯りが入ってくる。

 男が、部屋の中にカンテラをかざした。

 革鎧を身につけ、腰に剣の鞘を提げ、騎士の格好をしている。

 その視線が、私から、床に落ちているダミー王子の方へ向いた。


 男が剣を抜き、そちらへ突進した瞬間、私はドアまで駆け抜けた。

 破壊音がして、木箱が壊された事がわかる。


 ドアを閉める時、男がこちらを見た。

 カンテラの明かりで照らされた男は、まだ若い。

 手の中の袋を投げつけて、私はドアを閉めた。


 袋が男に届いたのか、唐辛子の中身が当たったかどうかまで、確認する余裕がなかった。

 

 身を翻して、階段を上る。

 建物全体が闇に沈んでいた。

 血の臭いがする。


 背後で、乱暴にドアが開けられる音が聞こえた。

 追い立てられ、私は風の吹き込んでくる方へ、走った。


 途中、人の身体のようなものを蹴り飛ばす。

 確かめている暇は無かった。

 ヌルヌルしたものを踏み、滑りそうになったが、なんとか体勢を立て直す。


(私、なんで逃げてるの……?)

 暗い中、空気の流れをたどって、窓に辿り着く。

(マクシミリアン王子を殺そうとして、自分が殺されそうになっている。自業自得なのに、自分の命は惜しいなんて)


 開いてる窓から、外へ飛び降りた。

 床の位置が、地面よりもかなり上だったらしく、想定よりも高さがあってよろめいた。


 蹄の音が聞こえてきた。

 カンテラを揺らしながら、馬車がこちらへ向かってくる。

 人攫いのリーダーが、顧客を連れて帰ってきたのだろう。

 灯りが辺りを照らした。私の周囲まで届く光量は少なかったが、森の木々や低木の位置を見て取るには、それで充分だった。


 私は姿勢を低くし、手近にある低木の陰に隠れる。

(人攫いの連中をやり過ごして、馬車がやってきた道を辿れば、王都に行けるかも)


 ふと、木々のある方向を見る。

(マクシミリアン王子は、帰る方角がわかっただろうか?)

 気配は感じられなかった。とっくにこの場所を離れたのかもしれない。


 馬車のカンテラが建物の陰に隠れた直後、怒号が聞こえた。

 続く悲鳴と、金属音。

 誰かが、人攫いの連中を襲っているのだとわかった。


 敵は、一人ではなかったらしい。

 襲ってきた暗殺者の他に、建物の入り口に見張りがいたのだ。

 この状況では、馬車のある方へ逃げることはできない。


 私が飛び降りた窓の向こうに、灯りが見えた。

 ゆらゆらと動きながら、近づいてくる。

 正確に、私の歩いた跡を辿っている。


 逃げる途中、ヌルヌルした血だまりらしいものを、踏んだ事を思い出した。

 灯りで探しているのは、血で汚れた私の足跡なのだろう。

 窓枠にも血が付いているかもしれない。


 私は低木の陰から出て、自分と同じ背丈ほどの崖をよじ上り、繁っている木々の間に無理矢理身体を押し入れた。

 通せんぼするように、両側から張り出た枝を掻き分けながら、進む。

 振り返ると、カンテラを持ったさっきの男が、窓から降りたところだった。


 男はこちらを見て、口元に笑みを浮かべた。

 私は、落ち葉に足を取られながら、暗い森の中へ闇雲に突き進んだ。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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