1:白目
お父様が養子を取る、という話を聞いた時、私達家族は皆、良い気持ちはしませんでした。
なぜなら家族全員、その養子の事を、お父様がどこかの女に産ませた子どもに違いない、と考えたからです。
お父様は、エイブラム・カラドカス公爵。
三十半ばを過ぎております。
茶色い髪は、くせが強くて、中央付近がやや寂しい感じです。実直な性格で、グレーの瞳でじっと人を見つめる癖があります。
王家の血を色濃く引くセントロニオ公爵家の次男坊として育ち、権力もお金もある事から、若い頃のお父様は、女性からのアプローチが激しかったと聞いておりました。お顔は、可も無く不可も無く、というか、地味です。お顔の部品それぞれの自己主張が、少し控えめです。
ただ、お父様は上背があり、遠目から、という限定ではありますが、イケメンっぽい雰囲気がなくもないのです。
隠し子の一人や二人はいるに違いないと常々、お母様が申しておりました。
お父様は真面目な性格ではありますが、お母様がそう言うのですから、案外そうなのかも知れません。
子どもは私を含めて四人います。
仲が悪くては、子どもは四人も生まれません。
お母様は、養子の話を聞いてからは、ずっと不機嫌そうでした。
でも、このところ毎日忙しそうに王城へお仕事に行かれていたお父様とは、お話しする機会がなく、不機嫌が怒りへ、怒りが激怒へと、進化しつつありました。
私は、庶子がいたとしても別に構わないのです。
お父様の行為によって生まれた子の生活保障はお父様の責でございますので、援助をしたり、時々会う程度の事は当たり前ですし、兄弟姉妹として私にもできる事があれば、お手伝いしたい、と思っております。
しかしながら、養子として、私達家族の一員に迎え入れ、生活を共にするというのは、どうなのでしょうか?
あけすけに申せば、お父様の、家庭内では収まり切らなかった性欲の結果と、私達家族は、毎日顔を合わせる、という事になるのです。
不快にならない訳がございません。
しかもお父様は、公爵家からとはいえ、このカラドカス公爵家に婿入りした身。
公爵家当主は、今はお父様が継承されましたが、先代公爵の娘であったお母様にも一言あるべきでしょう。
独断で養子を取り決めるなんて、と、母の怒りはその日、その子を玄関先で迎える用意をしながら、頂点に達しようとしておりました。
おそらく、養子となる子どもの顔を確かめてから、その子の母親について詰問するつもりだったのだと思います。
「母親の素性もわからないそうね」
一番上の姉も、母と同じく不機嫌を隠そうともしません。
「きっとあれだわ。春を売るっていうお仕事の人」
十三歳になったばかりの姉は、最近、悪い言葉を使うようになりました。思春期、というものだそうです。
「女の子が、はしたないことを口にするんじゃないよ」
お兄様がたしなめますが、お友達とそういうお話を一番しているのは、お兄様なのです。この間も、貴族学園の卒業式の後で、大変興味深い経験をしたとこっそりお話しているのを、私はこっそりと聞きました。
二番目の姉は、澄ました表情をしています。
私と一つ違いの姉ですが、たくさん本を読んで、私よりもたくさん、いろんなことを知っています。ドレスやアクセサリーを欲しがる一番上の姉とは違い、本さえあれば幸せ、と常々言っている人です。
私達は、馬車到着の報せを聞いて、玄関先に並びました。
後ろには、侍女長とお父様の執事、さらにその後ろには、主立った侍女達が並んで、馬車を迎えます。
やってきた馬車は、王家の紋章入りでした。
そのことにまず、私達は驚かされました。
いかに不遜な態度を取って、思い知らせ、怒りをぶちまけようかと考えていたお母様は、そこで躓きました。他の表情を用意していなかったのでしょう。そこからずっと、驚いた顔のままでした。
更に私達の勝手な想像を完全否定したのは、馬車の扉が開き、お父様と共に現れた少年の容姿でした。
彼は、お父様とは似ても似つきませんでした。
「ザイオンだ」
そうお父様から紹介された黒髪の少年は、迫力のある美形、とでも言えばいいでしょうか。
もしかすると女性が男装しているのかもしれない、などと想像してしまいそうな、妖艶な彼の容姿には、父の血など一滴も入っていないことがわかります。
そして、非常に珍しい、金色の瞳をしていました。
兄も私も、一番上の姉も、濃淡の差違はあるものの、茶色い髪で瞳の色はグレーです。二番目のお姉様は母に似て、赤毛で碧い瞳でしたが、そんな兄弟姉妹四人と父、皆が揃って、地味顔でした。父の地味顔は、それほどに遺伝力が強いものなのです。
ザイオンの母親がどれほど美しくても、お父様がお父様である限り、その子どもがここまで美形になることなどありえません。
二番目の姉の目が、キラキラと輝いていました。その表情には、恋や愛というにはあまりにも異質な、何か恐ろしいものが混じっているような気がいたします。このような姉は、今までに見たことがありません。
兄と私は、非常に困惑していました。
いったい、彼は何者で、どうしてこの家に来たのでしょうか?
一番上の姉だけが、最初から変わらず、不機嫌な様子で少年を睨んでおりました。
ザイオンの立ち居振る舞いは、貴族的とは言えませんでしたが、平民のようなガサツさはありません。私達に媚びる様子もなく、その視線は、真っ直ぐに私達に向けられております。
私は、その視線を受けながら、何やら奇妙な感覚に悩まされ始めました。
「彼はこれから後、我が家にて貴族としての礼節と知識を身につけ、近い将来、マクシミリアン第一王子の側近として務める事が決まっている。皆も、協力するように」
父は、私達家族と使用人達に向かって、そう言いました。
つまり、お父様の下半身の都合とは関係なく、王家の都合で養子として引き受けたという事でした。
最初から、私達のとんでもない勘違いだったのです。
構え過ぎていたせいで気の抜けた家族が、一人ずつ挨拶をし、ザイオンも、挨拶を返しています。
ようこそ、とか、よろしく、とかそんな無難な言葉が飛び交います。
(ザイオン……)
私は、その名前を以前から知っているような気がしました。
声にも聞き覚えがあります。
彼の際立った容姿を、立ち姿を、ずっと以前から知っている。
その思いが、どんどん強くなっていきます。
⋈ ・・ ミッションスタート ・・ ⋈
『闇より出でし者を、闇へ還せ』
聞き慣れたザイオンの台詞が、頭の中で再生されました。
それが討伐任務始まりの合図です。
いくつかの魔道具と属性武器を選び、禁断の魔術によって呼び出された異界の魔物達と戦うのです。
ステージごとに適した武器が違うので、そこまでのステージでいかに隠し武器を見つけ、カスタマイズし、スキルを付けるかが勝負を分けます。
戦闘中の武器の切り替えは、方向キーが便利なのです。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈
(えっ何? どういう事これ?)
一言も声を出さずに耐えたあたしを、誰か褒めてくれ。
夢から覚めたように、あたしは今、前世でやり尽くしたゲームの世界にいる事に気がついた。
目の前にいるのは、ゲームのパッケージ中央で、ななめにポーズを取って購入者を睨み付けていた、『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』という設定の、ザイオン。
美形なはずだわ。彼は、この世界の主人公なんだから。
「アメリア・カラドカス、十歳です」
そつなく、かわいいカーテシーを披露しながら、中の人は白目剥いて絶叫している。
(あたし、いつ死んだの──!!!!)
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈