9:忌(い)みごと
・前回のあらすじです。
『魔法の世界・【裏】における【悪魔】と法律についてのせつめい』
「和泉くん。【悪魔】はね、魔術師の魂を喰うから禁忌なのよ」
「……。……」
補足するようにベンチからささやくノワールに、和泉は眉をひそめた。
彼女の理屈には思いあたるふしがある。
けっして違法ではない行為のなかにも、魔術師たちが【タブー】視するものはあった。
【憑依の魔術】とよばれる呪法にまつわる警句がそれで、この【憑依】という技は、自分の命を糧にして、標的としたあいての肉体をのっとるという、自爆型の術だ。
自分の生命力のすべてを賭すという性質上、憑依をいたずらに行使しようという魔術師はすくない。
しかし。たとえば天と地ほどの力量差のある術者がいるとして、底辺をはいつくばって生きてきた魔術師が、常にはなやかな成果をおさめている術師をうらやみ、ささいなきっかけを得て、いきおいのままに有能な術者をのっとってしまう――。
ということは、ままある。
和泉はこの【憑依の魔術】に関しては、にがい思い出があった。
だが。それでも魔術師たちがタブーとしているのは、憑依の魔術をつかうことではない。
つかわれることにあった。
『死にかけの魔術師にちかづいてはいけない』
という戒めがそれで、これに関しては違法うんぬんではなく、完全に魔術師の感情による『忌みごと』である。
なぜかはふかくは分からないが、【魔術師】という生きものは、本能的・生理的な感覚として、他者から『魂』や『精神』に干渉されるのをひどくきらった。