2:カップめん
※注意です。
・このものがたりは、『鉄と真鍮でできた指環《4》 ~魔窟のエクストリーム~』編の番外編です。
・ショート・ストーリーです。
・本編のほうのキャラクターやストーリー、世界観などのイメージをこわす可能性があります。
・前回までのあらすじがありません。
・以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
〇登場キャラクター紹介です。
・リョーコ:魔術の学校【学院】で、魔法の研究をしている21才の女性。
・ノワール:リョーコの使い魔。
ごそごそ。毛布が動いた。
魔術研究者たちが住む集合住宅【宿舎】の一室だ。
北部という方位的、また山間部という地理的なつごうもあって、十月なかばのこの時期は冷える。
昨夜おそくまで文献をあさっていたリョーコは、読んだままソファで寝おちしてしまったことに、いまさらになってやっと気付いた。
赤毛に赤い目の女性である。としは二〇歳だが、肩や脚を出した服装のせいか、もう五才ほどわかく見える。
黒を基調とした私服のうえには、使い魔が掛けたのだろうブランケットが二枚、あたまから足先さきにかけてすっぽり彼女の全身をおおっていた。
――食べもののにおいがする。
「……もお朝?」
窓から射し込む日の光に、両耳のピアスがいなやを唱えるように鈍い光沢を飛ばした。
部屋にただよう冷気に、このままふとんから出る意志力さえうばわれて、そのままうとうと、二度寝にはいろうとしながら待つこと数秒。
「おあいにくさま。もう昼よ」
台所のほうから使い魔の声がかえってくる。トマトベースの香気がちかづいてくる。
黒くてながいストレートの髪に、イブニングドレスいちまいすがたのわかい女が、ウエイトレスよろしく片手に料理と飲みものを載せた盆を持って来ていた。
祖父からゆずり受けた、世話役兼魔法研究のアシスタント。ノワールである。
「ご主人さまがねむってるあいだに、ブランチ(朝昼兼用の、おそめのあさごはん)を用意してあげるなんて、私って天使のようだと思わない?」
手を当てた胸を誇らしげに反らすノワールに、リョーコは自分のうなじまでのばした赤い髪を掻いて、「またはじまった」とばかり、あくびを噛みころす。
もそりと身を起こして、整理棚のほうに向かった。
したの戸を開けて、収納棚の奥から買い置きのカップめんを出す。
「あっ。あー! あんたきのうもそれ食べてたじゃない!」
自前のミートソースと、これは買ってきた乾麺をゆがいてつくった自信作のパスタを、これ見よがしにテーブルに音たかく置く。
かんだかく非難するノワールに背を向けたまま、リョーコはインスタントのラーメンを取り出して、両手で持って、台所に移動した。
あるきながら、寝起きで若干ひくくなった声でこたえる。ノワールに。
「だって美味しいんだもん」
シンクのわきにある湯沸かし器から、スイッチを押してじょぼおお……。と熱湯をそそぐ。
半分くらいはがしたアルミのフタの奥で、しろい湯気がたち、しょうゆ味のスパイシーかつ芳醇なかおりが鼻孔をくすぐった。
「毎日毎日、よく飽きないわねー」
「まあね。きのうはみそ味だったし」
「そおゆーこと言ってんじゃないのよ」
ふてくされた表情でドカリと椅子にすわり、無駄になったミートスパを、ノワールは頬づえついて見下ろした。
「つかぬことを聞くけどさあ」
ふと思いついたふうに、ノワールはリョーコに質問する。
「私が丹精込めてつくった料理と、そっちの工場でつくられた大量生産品、どっちのほうがおいしい?」
「だるっ」
「まじめに」
三分用の砂時計の、サラサラしたに溜まっていくさまをながめているリョーコに、ノワールは金色の半眼をくれた。リョーコはこたえる。
「カップめんに決まってるじゃない。私、一生これでも生きていけるわよ」
「なるほどねー」
ヒールのつまさきをひょこひょこやって、ノワールは感慨ぶかげにつぶやいた。
「なんかあったの? そーいやさっき、だれかと念話してたみたいだけど」
「べっつにー」
主人は用意した食事は食べないと決め込んで、ノワールはミートスパの消化に取りかかった。
できあがったラーメンを、おはしで混ぜながらリョーコがテーブルにやってくる。
フォークでパスタを巻いてくちにはこぶ使い魔の対面に腰かけて、ずるずる即席のヌードルをすすって、リョーコは言った。
「ああー。死ぬほど美味しい」
〈おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。