1―2:おじょーさまの憂鬱(ゆううつ) 【中編】
※注意です。
・このものがたりは、『鉄と真鍮でできた指環《4》 ~魔窟のエクストリーム~』編の、番外編です。
・ショートストーリーです。
・本編のほうのキャラクターや、ストーリー、世界観などのイメージを、こわす可能性があります。
・中途半端なところからはじまります。わからないかたは、『1-1:おじょーさまの憂鬱』をご参照ください。それが嫌だというかたは、『前回を読んでいない人のためのあらすじ』でがまんしてください。
・以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
〇登場キャラクター紹介です。
・メイ・ウォーリック:十八才の魔女。魔術の学校、【学院】に通う。高等部の三年生。爵位のある貴族であり、魔術師としての腕も立つ。調合がへた。
・ノワール:メイの知人の使い魔。
―前回を読んでいない人のためのあらすじ―
【学院】ってゆー、すんごい魔術師ばっかの魔法学校に在籍する十八才の魔女、メイちゃん。彼女は大学部にすすむため、外が暗くなってもまだ受験勉強をしていた。(←えらいなあ。。。)そこにノワールっていう女の人がやってきて、練習につくっていた魔法薬をひとつ駄目にしてしまう。ノワールはなにか用事があってきたみたいなのだけど……。
〇
魔法薬については、きらいな史貴学院長が高等部の一コマを担当しているのもあって、メイは授業を欠席しがちだった。
それでも持ち前の才覚とおぼえのよさ、勤勉さの甲斐あって、メイはペーパー、実技ともに、定期テストをまずまずの成績でクリアしている。
だが薬の製造に対する苦手意識は高く、教科書に載っている種類のほか、参考書にある難題にも手をつけてしまった。
結果。ヘドみたいな臭気を発する青黒い物体が誕生してしまったのだ。
「『――というわけで』とは、どういうわけなのですか? ノワール様」
学習机の椅子の向きを変えて、メイは勉強部屋兼寝室の入りぐちに立つ黒い長髪の女を見た。
年は二十代の前半にも後半にも見える。妙齢といったくらいのレディだ。優美な肢体に漆黒のイブニングドレスをまとい、寒気の強いこの山中の学院敷地内において、肩から先を(ここが屋内で、いくらかあったかいとは言え)剥き出しにしている。
メイの幼少期からの知人にあたる、ある魔女の使い魔だが、その正体は「元のすがた」と多くの魔術師が認知している「黒猫」ではない。
畜生とはほど遠い存在である。
人間ともまた、隔絶された――。
「フィレンツォーネよ。芸術の都。あなただって【同盟】で耳にしてるんじゃない? 文化祭の日に、悪魔を喚びだすとかなんとか」
「根も葉もないウワサですわ」
腐った臭いをただよわせるぶきみな液体を、はやく捨てにいきたいなあと思考をもてあましながら、メイはノワールに返事した。
同盟――貴族同盟。
魔術師の世界であるここ【裏】は、「国家」も「王」もない。
【貴族】と呼ばれる、土地の管理者にして支配者たる領主の縄張りが、ジグソーパズルのようにいくつもくっついて成立している、いわば自治領の集合体でしかない。
各地の領主が加盟を義務づけられる組織。これが【貴族同盟】であり、彼ら彼女らが【裏】の世界における魔術師たちを実質的には統治している。
そういってしまえば、議会制めいた運営方針をとっているとも解釈できるが、よほどのことがない限り、同盟に所属する魔術師たちの腰が上がることはない。
出所もわからないウワサに振りまわされるなど、言語道断。
ところが今回ばかりは、そうも言ってられなかった。
ノワールが腰に両手を当てて、問いつめるようにメイを見おろす。
「レー家かバートリー家か。誰がこーふんしてたか、どーせ見てきたんでしょ? 教えなさいよ」
「両方ですわ」
他にも気もそぞろになっている術者はいたが。よけいなことはノワールには言わないでおく。
だいたい、彼女は訊いてくる割には、答えにさしたる興味はないのだ。
事実ノワールは、もう話題を改めていた。話をもとにもどす。
(つづく)