60:おどる学生たち。
〇前回のあらすじです。
『地下でおこなわれる悪魔崇拝を、目のあたりにした和泉たち。それは、新時代の偶像をおまねきしてのライブのことだった。……。ごめんね。しょーもなくて……。』
「それより。だ。ウォーリック」
「何でしょうか」
「……オレたちが追ってた、『悪魔崇拝』だの『召喚』だのってのは、つまり。これのことだったんだな。……できることなら、ちがうと言ってほしいんだけど」
「叶うことならわたくしも否定したいのですが」
肩にさげていたショルダーバッグから、【学院】の関係者に配布される研究手帳を、ウォーリックは取り出す。
和泉がのぞきこもうとすると、ざらついた彼の頬を押しかえし、横をむけさせる。
「事前にあつめた情報――と言っても。『召喚時刻が十三時』だとか、会場にはいるには『魔窟へ…。』という合言葉がいる。とかですが――から照合するに、これしかないかと」
「そうか。まぎらわしいことしやがって……」
こういう人畜無害なイベントが開催されるだけでしかない。といちはやく気がついて、茜はさっさとおひらきにしたというわけだろう。
ほね折り損のくたびれもうけ。
絶大な魔術のちからを持つ、【悪魔】なんて化け物など、出てこないにこしたことはないのだが。
気持ちのおさまりがつかず。和泉は、白熱する無辜の演奏家たちに眼をやった。歌い手にも。もちろん。
『――じゃあ。つぎは、みんなのリクエストにあった曲ッ。【にゃんにゃん魔王降誕祭】! いっくにょお~!!』
『イエアあああああああああ!!』
熱狂に沸きかえる地下会場のなかで。
ひとり静かに、和泉は片手をまえに掲げた。
バフォメットのバックにいる、ベースやドラムのメンバーが、ずんどこずんどこ奏でる重低音が、ヤギの悪魔を模したファッションのヴォーカルを、ゆかいな旋律へといざなう。
『きゅおーんっ。にゃあにゃあにゃにゃん! 土日なんて。定時なんて。来世でも無縁のこの人せ、』
「――くさむらを薙ぐ、トカゲの息!」
魔術の威力を高めるために、【学院】では、一般教養科目はもちろん、呪文の発声も訓練させられる。
若手とはいえ、和泉はその【学院】で、教鞭を取る立場である。
その役職に愧じない、研鑽を積んだ肉声による呪いの言葉は、ライブ会場をつつむ歌声も、踊りくるう黒ずくめたちの合いの手も掻き消して――。
どごおおおおおおおおッ!
地下の大ホールに、赤い火炎の竜を爆誕させ。
コンクリートの天蓋を、紅蓮の火柱が景気よく突き破る。
さわやかに晴れ渡った、青い空がみえた。
〇
「うわあーっ」
「おかあさん。みてー。きれー」
「そうねえ。派手なパフォーマンスねえー」
宮殿まえの広場で。奇しくも――というのは語弊があるが――おみこしを担いだパレードが、観客たちのあいだを行進していた。
荘厳な校舎の裏手から、赫赫たる熱波の尖塔が、渦を巻きながら立ちのぼる。
それは、幻影の妖精や、小動物たちをまとわせて踊っていた絢爛な仮装の一団を、神々しく演出した。
なにも知らない、ダンサーをつとめる学生たちは、一瞬パレードを中断しそうになったものの。彼らは目くばせひとつなく、「……アドリブでなんとかするか」と阿吽の呼吸で伝えあうと、元からこの緋色の間欠泉が予定に組みこまれていたかのように振るまった。
きらびやかな衣装に、天をつらぬく灼熱のバーミリオン(朱色)が映える。
華々しく。鮮やかに。豪胆に。ダイナミックに跳びまわり、回転し。フェスティバル・パレードは、プリンピンキアの学祭最終日を締めくくったのだった。
〇つぎは最終回です。