59:それはそれ。これはこれ。
・前回のあらすじです。
『悪魔の召喚はウソだった。そう結論しようとした和泉たちを、スポットライトが襲う』
『おおおおおおおおおお!』
ささやきから一転。黒ずくめたちが歓声をあげる。
彼らの呼び声に応えるように、獣の角と腕をもつ存在……【バフォメット】が、巨大な音をあげた。
地下の大ホールが震撼する。
『みんなあっ。今日はおまねきしてくれて、ありがとおだにょおん!』
『うおおおおおおおおお!!』
黒ずくめたちの魂がひとつに融合したかのごとく。彼らそれぞれの熱狂が、等しいタイミングで咆哮する。
いつのまにか、もれなく棒状のライトを手にしていた彼らは、狂ったように彼の存在の愛称をさけびはじめた。
『バフォたあああああん!』
『うおおおお! 我らがキング!!』
『真世界の救世主たまあああ!』
「キタあ!」とか。「ミナみー!!」とか。
いろんな声援が交錯して、場内が混沌と化す。
遠くにあるバフォメットのすがたを、和泉は今一度よく確かめた。
うずまき状の角が、頭の左右にひとつずつある。
牡山羊の角だ。そして天に反逆せんとばかりに突きでた指のある腕は、動物の毛皮でおおわれていた。手先が蹄っぽくデザインされている、コスチューム用のロンググローブだ。
ダメージジーンズの短パンからはみだしているのは、性別不詳のほそい脚。それも獣類ふうに加工されたロングブーツにつつまれていて、全体として、ヤギっぽいコンセプトになっていた。
「……『悪魔』って。……『魔王』って」
『プリンピンキアは、ぼくの母校だからあ。すーっごい思いいれがあるんだにゅ~んッ。だから、いつもよりもずーっと心をこめて、歌っていくにえー! みんなも、盛り上がってこーにゃあん! にゃんにゃにゃにゃああん!』
ながい髪を青やむらさき、黄色で染め、目もとをビーズやタトゥーで飾った若もの。
やんちゃに羽織ったノーズリーブのジャケットから、メッシュ地のシャツがむきだしている。そこから透けた素肌と、おしみなくつきでた双丘から、和泉は【バフォメット】と黒ずくめたちに崇められる対象が、女――それも二十二、三才ほどの、若い女性であると判断した。あと語尾は「にょおん」か「にゅ~」か「にえー」か「にゃあ」のどれかひとつに絞ってほしい。
「ひゅーっ。バフォメット様あああ!」
拍手喝采。
器用に覆面のしたから嬌声と指笛を飛ばすギャラリー。
和泉はぎろりと目をむけた。となりから聞こえてきた声に、聞いたおぼえがあったのだ。
「おい。こら」
ずりっ。
黒いずきんを、うしろに引っぱってはずす。出てきたのは、緑の髪の少年。アキラである。
はずされたフードを取りかえそうと、アキラは自分のうしろをまさぐった。
はた。
和泉と目が合う。
「うわっ。レオナに色目つかってるエロ魔術師だ!」
「だれがだッ。そりゃ。あんにゃろーのことをちょっとは『いいなあ』って思ってはいたけどさ。正体を知ったいまとなっちゃ……。くううっ!」
「しょーたい?」
なにそれ。とアキラは首をかしげる。どうやらこの少年はなにも知らないらしい。
そのほうが良いこともある。
「いや。なんでもない。それより、この催しはなんなんだ。なんか、すげーアップテンポな曲はじまってんぞ。おまえら、音楽を敵視してたんじゃなかったのか?」
「それはそれ。これはこれ」
両手をきれいにそろえて、アキラはひとつのピリオドごとに右へ左へと動かした。
「な……。なんつーふてぶてしい……」
少年のめでたい割り切りかたに、いっそ清々しささえおぼえ、和泉。
気力をふりしぼり、肝心なことをアキラに詰問した。
「あの女はなんなんだ。あれが、つまり――。【悪魔】だってのか?」
「そおだよ。ほんものじゃないけど。ってか、ほんものなんて呼びだせる人、いないに決まってるんだけどね」
胸倉をつかまれ、和泉に引きよせられたアキラが答えるが、悪びれるふうはいっさいない。
少年の言い草から、悪魔の召喚は「この学校ではそのていどの認識なのか」と、ちがう方向性で和泉はおどろく。
すこし踏みこんだ領域を知る魔術師なら、悪魔をまねく魔術というのは、決して非現実的なことではないのだ。
「おにいさん。ひょっとしてバフォさまを知らないの?」
ぼうぜんとする和泉に、アキラがふんぞりかえった。
「まあ。まだアングラ系のヴォーカルだし。むりもないか」
「あんぐら?」
「わからないならいーよ。とにかくさ。バフォさまは男女の垣根をこえた、新時代のパイオニアってわけ。生まれの性別にとらわれず、勝手気ままなルックスで、各地をまたにかける歌い手さ。おさないころに旅一座にくっついて鍛えた歌唱力と、なによりプリンピンキアの学生としてみがいた戯画の腕。その両方を使って、日々あたらしい表現を探求し、編みだしつづけている。ぼくたち美術魔法生たちのスターとも言うべき御人なのさ」
「思いのほか堅実に活動してらっしゃるかたなのですね」
和泉をはさんで、向こうから。
アキラの説明にウォーリックが嘆息した。語気からでは、感心しているのかあきれているのかわからない。
ホールに響く重低音のBGMと、カラオケにつれていったら友人全員が「ヒク」レベルの美声がながれるなか、アキラはスレートブルーの目を見ひらいた。
光彩がハートのかたちになっている。
和泉を突き飛ばして、自分の視界からどかす。
「うわああいっ。お姉さん。すっごいきれいだねッ。ぼく、御路 アキラっていいます。さっきも見かけたんだけど……。すぐ見失っちゃって。いやあ。こんなところで再会できるなんて。光栄だなあ」
「それはどうも……」
「くおらクソガキッ。うちの生徒をナンパするんじゃない! あっち行きやがれ! しっしっ!」
ウォーリックの手を摑もうとしたアキラをおもいきり蹴りたおして、和泉が吠える。
アキラはコケそうになった身体を気合いで踏んばって言いかえした。
「はあっ。なあに言ってんだよ。美人の女性をみかけたら声をかけるのはマナーだよ!――ねえおねーさん。あとでぼくとどっか食べにいこーよ。いいお店知ってるんだあ~」
「ふざっけんなッ。おまえ……確かレオナにもこな掛けてる雰囲気だったじゃないかっ。二股する気か!?」
「それはそれ。これはこれ」
げしっ。
あっけらかんと言いはなつ少年に、和泉は問答無用で蹴りをいれた。今度は立ちあがれないように。地に伏したところを、薄い背中に足をのせて、縫いとめる。