58:逆位置(ぎゃくいち)のペンタグラム
・前回のあらすじです。
『和泉が、ウォーリックと茜が同じホテルにいたと聞いて、うらやましがる』
『――お集まりのみなさん。お待たせいたしました』
おぼろなエメラルドグリーンの灯に、浮かぶひとりの黒ずくめ。
拡声器によって肥大化した、若い男性のひくい声が、大広間にいるすべての者に降りそそぐ。
『我々の陰ながらの活動の積みかさねが、今日ようやく実をむすぶこととあいなります。お越しくださった、わが秘密クラブ『魔王結社』の会員がた。さあ。両手をあげ、神秘の言霊をご唱和ください。彼の大悪魔――我らが魔王・バフォメットさまを、この地に降臨せんがために!!』
(なに――っ!?)
和泉がおどろく間もあらばこそ。
薄暗がりになったホールのあちこちで、黒ずくめたちがつぎつぎと腕を宙に突きあげる。
事前に示しあわせていた挙措のようで、どよりと何所からともなく生まれた呪詛が、さざなみのごとく人々に伝染した。
やがて大きなうねりとなって、円形広間の内壁に、ねばっこく反響する。
ぼおおおっ。
拡声器を持つ黒ずきんの男のもとに、赤い光がほとばしる。
五芒星を抱いた円陣が、虚空に血の色で刻まれていく。
魔法陣だ。
「うそだろっ。デマじゃなかったのか!?」
となりのウォーリックを、和泉は祈る気持ちで振りかえった。茜の見立ては甘かったのか。
ウォーリックはぼうぜんと、赤い逆位置の五芒星をあおぐのみ。
呪文の合唱は止まらない。
もうもうと。魔法円の中心から、白いけむりがあふれる。場内の気温が、急速に下がっていく。
が。どこか陶然とした黒ずくめたちは、逆に体温の高まりを感じているのだろう。声に、集団ヒステリーにも似た熱っぽさがあった。
『さあ。今こそおいでください。我らが異端の神。――悪魔の王バフォメットよ!!』
どうううん!!!
広間の前方――ひとびとの注視する、黒ずきんの男のあしもとが爆砕した。
魔法陣が、ひときわつよく、クリムゾンの輝きを増していく。
「……。……! ……。……?」
とっさに和泉は目をそらした。眼窩にはまる義眼は、【魔鉱石】という魔法物質を使うことで脳に直接光刺激をアクセスし、外界の視認を可能にする。
一見ゆめのような技術だが、義眼内の構造は「魔法の石」という便利なものを介在しても複雑にすぎ、虹彩にあたる部分の調整がいまひとつ。実生活においては、サングラスさえかけていれば解決できる弱みだが、あまりつよい光――太陽光であったり、魔鉱石が反応しやすい魔法の光が強烈だと、目の奥が焼かれるような痛みを感じる。
……の。だが。
(目が、そんなに痛くない?)
念のため。黄色いサングラスをかけなおす。
ざわざわ。
ささやきかわすギャラリーたちと、同じ方角を見る。
魔法陣は消えていた。
しゅううう……。
機械が発する、廃棄音みたいなうなりをあげて、白煙が爆発のあった箇所に淡泊な幕を引いている。
淡いヴェールを突き破って、ひとつの像が出現した。
ねじくれた一対の角。むくりと盛りあがった身から、獣の前脚が持ちあがる。
その存在自体がせりあがるように、異形のすがたがゆっくりと浮上し……。いや、異形のあしもとの地面が実際に上昇しているのだ。凸型に。下で装置がはたらいているらしい。
ほどなくして。赤色系統で統一された毒々しいあかりが、高みにのぼるシルエットを照射した。
光は、魔法陣を描いたのと同質のものだ。
最初こそ和泉は魔力光かと思ったが、ちがう。
電気の光だ。
ただの、スポットライトだ。