57:心配性(しんぱいしょう)
・前回のあらすじです。
『レオナの告白を受けた男爵が、「好きなことできてるならいいや」って言う』
広間の人だかりにまぎれて、レオナはいなくなった。
和泉はげんなりと肩を落とす。
「はあ……。考えてみりゃそうだよな。やり手の魔術師で我のよわいやつなんているわけないんだ。絵の魔法専門であっても、そこはおんなじってわけだ」
「……。わたくしに言わせてみれば、絵で食っていこうなんて考えるのは、心臓にびっしり毛のはえている人種ですわ。殺しても死なないていどには」
「そーかよ……」
わきから茶々をいれてくる「男爵殿」に、和泉はぐんにゃりしたまま言った。もうまともに返すだけの元気もない。
「つーか。おまえ来てたんだな。さては。悪魔召喚のうわさをきいてビビってるお貴族さまってのは、おまえのことか?」
陰険な半眼をつくって、和泉はウォーリックにつめよる。
はあ……。とあいては息ひとつで小ばかにする。
「わたくしはほっとく所存でしたが……。あの黒猫に担がれたのですわ」
「猫っつーと。ノワールさんか。あの人ってあんまり心配性って感じしないんだけどな」
「――それに。賢者さまともお会いしなければ、誰がこんなわけのわからないところ」
「なん?」
片耳をほじって聞きながそうとしていた和泉だが、ウォーリックのせりふに飛びついた。彼女のドレスのスリーブをつかんでゆさぶる。
「茜が来てるのか? どうして? 学院長に『フィレンツォーネに行っちゃだめ』って言われたって聞いたぞ」
「それでやめるたまですか。あの人が」
魔術師として最高位の実力をほこる【賢者】である史貴 茜は、【学院】内ではもちろん、学外においても知名度が高い。ウォーリックも校内でみかけたことくらいはあるのだろう。和泉はそのていどにとらえた。
汚いものをはらう仕草で、ウォーリックは和泉の両手をはたきおとす。彼の質問に答える。
「お会いしたといっても、ほんのすこしだけですわ。わたくしは、学園祭の前日にこの町についたのですが。泊まったホテルがたまたま賢者さまといっしょだったのです」
「ええ~……」
いいなああ~。
のどから手が出そうなくらいものほしそうな顔で、和泉。いまからでも部屋を変わってほしい。
その気持ちを、よもや読んだわけでもなかろうが。ウォーリックが機先を制す。
「言っておきますけれど。賢者さまは学祭がはじまるまえに、フィレンツォーネをでていかれました」
「なんで。だって召喚は祭りの賑いにまぎれておこなわれるって話じゃないか。それを調べにきたんだろ?」
「わざわざ開催を待つまでもなく、さっさと校内をみまわって、見切りをつけたのですわ」
「はやあ……」
いろいろ言いたいことはあった和泉だが、とりあえずこれだけは訊いておくことにした。
「んじゃあ。なんでおまえは地下にいるんだよ。(あかね)が引きかえしたときに、帰ったってよかったわけだろ?」
「まあそうなのですが。賢者さまが『せっかくだし、見物していってみれば?』とおっしゃるので。悪魔の召喚と謳われるものが、いったいなにを差しているのか。いちおうの確認だけしておこうと思ったのですわ」
「ようは、ウラを取るのに使われちまった。ってわけだ」
「その認識でかまいません」
「……ってーことは。取りこし苦労だったってわけだ。デマでしたって落ちなんだろ――」
和泉は、さっきよりもいっそう大きく落胆した。
――ふっ……。
地下の照明が消える。
のこったのは、壁のトーチや壁面近くに立てかけた石灯籠の、青緑の焔のみ。
集まった黒ずくめが、しんと動きを止める。先ほどの賑いがウソのように。
場は瞬時に。静粛に。厳かになった。