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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第4幕 魔窟(まくつ)へ・・・
56/66

56:「しょうがないなあ」






 ・前回のあらすじです。


 『男爵のメイ・ウォーリックとえたレオナ。そのレオナの正体しょうたいが、かされる』











「う……。……」

「う?」

 お辞儀じぎをしたレオナのそばで、くるしげな声があがった。和泉いずみだ。

 かみだけでなく、全身をまっしろにして、彼はつっ立っていた。

 その硬直こうちょく状態じょうたいから、ようやくだっする。

「うおおおおおおおおおお!」

 ばちこおーん!!

 振りかぶった和泉の右拳みぎこぶしが、レオナのよこっつらをぶんなぐる。

 手加減なしのグーパンチに、なんの用意よういもなかったレオナは、殴られたいきおいのまま吹っ飛んでいった。

 すっかりかたづけをえていた、『完売かんばいしました』のふだをつけたながテーブルに、どんがらがっしゃん。あたまから突っこむ。

「ぶへえあ!?」

 へんな悲鳴ひめいをあげるレオナに、ストレートパンチを繰り出したポーズから、さらにいうちをかけようと、和泉はあるきだす――。

 をまるくして、ただただあぜんとしていたウォーリックだが、

「なっ――。なにをしているのですか。和泉教授(きょうじゅ)!」


「うるへえー!!!」

 ギンッ!!!

 ものすごい剣幕けんまくでにらまれて、ウォーリックはみじろぎした。

 彼女かのじょの首にストーラのごとくたれさがった黄色いへびも、こころなしかづいたように、主人しゅじんのえりもとにきつく。

 テーブル近くにいたらしいくろずくめたちの、まごまごしたさまも、和泉いずみにはえていないようす。

 血走ちばしった義眼ぎがんを、和泉は、とりあえずウォーリックにけつづけた。

「こんな狼藉ろうぜきがゆるされるかっ。だまされたっ。オレは……。この男に、だまされたんだ!」

 もなくきはらしながら、ずびしっ。と和泉はテーブルに突っこんでしりをこっちにむけたままのレオナをゆびさす。

「だまされた……。なにか、金銭きんせんでもうばわれたのですか。レオナルドに」

「ちがあああううっ。そおじゃないっ。気持ちの問題だッ。だってさ、オレはさあっ。ウォーリック……!」

 だんだんッ。だだダダあンッっ。

 じだんだんで、酒にでものまれたかのごとく。おこったかとおもえば泣きだす和泉に、そばにいるウォーリックも、まわりにあつまってきた野次馬やじうまたちも、なにもできないでいる。


 和泉いずみは訴える。ぐしゅぐしゅ。はなをすすりあげながら。

「オレは……。オレはっ。こんな理想的なおんなが、このにいたんだって嬉しかったんだ。なのに、それが……。その正体しょうたいが、じつおとこだったなんて……。あんまりだろ!」

「いっ。和泉さん……」

 よろよろ。

 まっぷたつに割れたテーブルのあいだから、血まみれになったからだをこして、レオナがやってくる。

 ずしらずの黒ずくめたちが、彼女かのじょ……。彼のりょうわきをささえてやって、あるくのを手伝っていた。いいひとたちだ。

「そのー。和泉さんのいう『理想的な女の子』が、この世にいないとまでは言いませんけど。私が考えるに、『男が女になりきろうとする』場合ばあい、どうしても『女の子らしさ』を意識してしまうというか。そういうところを知らないうちに強調きょうちょうしてしまうので。結果的に『男からみた女性じょせい(ぞう)』っていうのを体現たいげんしてしまうのかなあ。と。だから、和泉さんからて私のありさまが、『理想的な女の子』っていうふうにうつってしまったのも、むりはないんじゃないかなーと。――げふおうっ!」

「れーせーに解説かいせつしてんじゃねえやああ!!」

 ばごおーンっ。

 予備動作よびどうさなしのアッパーカットで、和泉はレオナの華奢きゃしゃしたあごをちぬいた。そこかしこで、


「なあ。あいつ、止めたほうがよくね?」

「おまえ行けよ……」

「やだよ。ふつうにみついてきそうだもん……」

 などと、おたがいをせっつきあう黒ずくめたち。彼らの声が、聞こえたわけでもなかろうが。

「やめなさいっ。みっともない!」

「くっ……!」

 打ちあげられたレオナを地上ちじょうでキャッチして、ウォーリックが、和泉いずみとのあいだにりこんだ。

 レオナはすぐさま、あらわれた擁護者ようごしゃ庇護ひごにあずかるべく、ウォーリックの背後はいごにしがみつく。

 和泉ははじ外聞がいぶんもなく、わめきちらす。

「あまやかすなウォーリックっ。あとおまえもッ。かりにもおとこなら、おんんなのうしろにかくれるんじゃねえッ。かっこわるいぞ!」

「男か女かであるまえに、レオナルド・アルフォンソ・ダ・フォックスは、わたくしの領民りょうみんですわ」

 和泉いずみ大声おおごえに、けじとよくとおる声で、ウォーリックが反駁はんばくする。

 当のレオナは、領主りょうしゅの腰にひっしと抱きついて、すっかりまもられる子分こぶんていである。

「ううううう……。にわかにガキ大将だいしょう気取きどりやがってえ~。……しかも、いまのはみょお~に説得力せっとくりょくがあるんだよなあ……」


「それはどうも。……それより、」

 事態じたい鎮静化ちんせいかしたとみてとって、ウォーリックははなし焦点しょうてんをレオナに変えた。

「あなたも。いいかげんはなれていただけますか。レオナルド」

「ウォーリックさま。私のことは、どうか『レオナ』と」

はなれろ。と言っているのです。レオナルド」

「レオナです」

「レオナルド――――」

「レオナです」

 黒いひとみ見下みおろしてくる領主りょうしゅに、きっちり視線をわせて、レオナ。

(……オレがおもってたより、はるかに図太ずぶといのかもしれない)

 事前じぜんのおどおどとした態度はなんだったんだ。と和泉いずみはギリギリ歯噛はがみして、ウォーリックに食いさがるレオナを睥睨へいげいした。

 レオナの呼称こしょうについてれたのは、ウォーリックのほうだった。

「では。レオナ」

「はいっ」

 ぴょこんっ。レオナは立ちあがる。

 きちんと直立ちょくりつしてみると、レオナとウォーリックはほとんどおなじ背丈せたけだった。

 ウォーリックが問う。


「なにかわたくしに、はなしたいことがあったのではなくて? よもや、ただかけたからんだだけ。というわけでもないでしょう」

「…………どうして。そうおもわれますか」

「だいぶと切羽せっぱ詰まったかおをしていましたから」

 和泉いずみのうしろに隠れていた時。レオナのおびえきった表情ひょうじょうを思いかえして、ウォーリックは答えた。

 レオナはうつむく。

 血のついた、ひらひらの、スカートたけのみじかい、メイド服をつまんで。

「その……。お話ししたかったのは、このことなんです。おれは――私は……。プリンピンキアにきてから、やりたいことが見つかって……」

女装じょそうが?」

 ツンと返ってきた言葉ことばに、レオナは、より深く、首の角度かくどをしたにやった。だがすぐに、それではだめだと自分を鼓舞こぶする。勇気ゆうきを振りしぼって、男爵に答えるべく、あたまをあげた。相手あいてがどれだけあきれ、いかり、あるいは……。見損みそこなったような表情ひょうじょうをしていたとしても。


「……っ。……!」

 はっしようとしたおとは、のどまであがってきて、止まった。

 レオナの予想よそうしていたとおり、ウォーリックは、どこかあきれていた。

 あきれて。しょうがないなあ。とさえ言いそうな、笑顔えがおで。

 しずかに、レオナ・フォックスをつめていた。

「……『女装じょそうが』。というか……」

 レオナは、正直しょうじきはなすことにした。

きな服装をしていたら、いつのまにか、こういうおんならしいかっこうになっていたというか……」

「そうですか」

 ふっ。と息をつくようにして、ウォーリックは言った。

 くちのはしには、まだほんのすこし微笑びしょうがのこっている。

「バロネス・ウォーリック。あの。もうしわけありません。絵の勉強べんきょうのために、この学校にやってくれたのに……。こんな――」

「こんなふうに、きなことができているのですね。レオナ」

 せきを切ったように、斬鬼ざんきと謝罪のねんをくちにする少年しょうねんを、ウォーリックはさえぎった。レオナはただ、質問に答える。

「……。はい」

「なら。あなたにわたくしが言うことは、なにもありませんわ」

「……。……」

 レオナは息がつまった。

 おれいげるべきなのに、出てこない。ただぺこりとあたまをさげて、逃げるように背をむけた。そのまま領主りょうしゅのもとからはしり去ってしまう直前ちょくぜんに――。

「うれしいです。男爵様!」

 あわてて振りかえって、ありったけの気持ちをこめて、レオナは言った。

 男爵様バロネスがどう受け止めたかはわからない。れいも言えない不調法者ぶちょうほうもの。と機嫌きげんを損ねたかもしれない。

 だがレオナは、感じたことをそのまま伝えることにした。

 それでよかったのだとおもった。







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