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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第4幕 魔窟(まくつ)へ・・・
55/66

55:いいかげん。本作品の【キーワード】になにをいれるべきか。まじめに考える時がきたようだな。


 ・前回のあらすじです。

 『地下のホールにやってきた和泉いずみとレオナ。そこで「男爵様」をみつけたレオナが、声をはりあげる』




男爵様バロネス!」

 レオナはさけんだ。

 ながい黒髪くろかみの、ドレスすがたの魔術師まじゅつしに。

 あいては振りかえる。

 むらさきが。佳人かじんのうるわしさと冷徹れいてつさをあわせた怜悧れいりな視線が。ふるえ声をあげたツインテールの少女しょうじょをしっかりとつかまえる。

「バロネス。って…………」

 おいこら。

 と言いたい気持ちをこらえて、和泉いずみはひくりとかおを引きつらせるに留めた。

 飾りベルトの三本さんぼんあるコルセットをいた、細身ほそみのドレスにをつつみ、首から使つかの毒へびをひっかけている、うつくしい少女。

 日本人にほんじんの和泉にもなじみのある黒いストレートロングの髪。紫紺しこん光沢こうたくがあるものの、「黒瞳こくどう」としょうしてさしつかえのない、黒味くろみのつよい両眼りょうがん

 【学院がくいん】のなかでたまにすれちがう……ほかの教員きょういんからも、授業じゅぎょう態度(たいど)わるさであたまを抱えられている、高飛車たかびしゃ女魔術師おんなまじゅつし

「ウォーリック。だよなあ。どう見ても。おまえはただのメイ・ウォーリックだよな」

 レオナに反応はんのうした少女を、両腕りょううでを組んでうんうん首をかしげながら、和泉は確かめる。

 メイ・ウォーリックは【学院】の高等部三年生(さんねんせい)の生徒で、まだ和泉とおないどしと若いが、ちいさな領地りょうちをおさめる領主りょうしゅだ。

 もっとも。和泉は爵位しゃくいがあるとは知らなかったが。


 黒髪くろかみ魔術師まじゅつし――ウォーリックのひとみが、ちら。とレオナかられる。

「ああ。いたのですか。ただの和泉いずみ教授きょうじゅ

「くっ……。なんでおまえがこんなとこにいるんだよ。っつーか。バロネスって?」

「わたくしのことですわ。とは言え、この世界に『おう』はいないので、【貴族同盟きぞくどうめい】のほうからたまわった、ちょっとしたあだみたいなものですが」

「そうかよ……」

 辛辣しんらつな切りかえしに――和泉が言ったことをそのまんま返しただけなのだが――奥歯おくばをきしませて、和泉。

 ふたりのあいだで、レオナのふたつにったモカブラウンのかみが、みぎに左にゆれる。

「あ、あの。お知りあいなんですか。――バロネス・ウォーリック」

「【学院】であいさつをかわすていどには。……というか、」

 ウォーリックは和泉のあいてをさっさとやめた。

 つめたい。というよりは、警戒けいかいするものにありがちな、疑うようなまなざしでレオナをる。

「あなたは?」

 ウォーリックはレオナに問いかけた。

 一瞬いっしゅん。レオナの灰色グレーの瞳から光が消えた。


「おいっ。そりゃないだろ!」

 和泉いずみがレオナのまえに出る。

 ショックを受けてすくんだ彼女かのじょをかばうため、自分の背なかにしやった。

 目のまえの、若い魔女まじょ

 御年おんとし十八じゅうはちで、来年らいねん一月いちがつに【学院】の大学部へのテストをひかえている受験生じゅけんせい女子じょし生徒は、じつのところ、二カ月(にかげつ)ほどまえに和泉とともに仕事をこなしたなかである。

 大陸南部(なんぶ)こった薬物やくぶつ事件の解決というのがおおまかな内容ないようだが。

 そのときの印象いんしょうでは、彼女は一度いちど知りあった人間に対して、「だれですか。あなた」と知らんぷりをするような、陰湿いんしつさはない。

 ましてや。レオナは必死の決意をしてウォーリック男爵だんしゃくのまえに立っている。

 ぷるぷるふるえるレオナ・フォックスのようすから、彼女の心情しんじょうを組み取ることができないほど、ウォーリックの想像力そうぞうりょくはまずしくない。

 そう信じさせてくれるだけの矜持きょうじの高さが、彼女にはあった。

 が……。

「この子から聞いたんだ。彼女は、おまえんとこのりょう出身しゅっしんで、なんでも男爵さま――つまりおまえだよな――から学費がくひを出してもらって、この学校に来れたって」

「学費?」

 片方かたほうまゆをつりあげて、ウォーリックは怪訝けげんかおつきをした。

 一歩いっぽ。レオナに近づく。一歩いっぽ。レオナがさがる。

 和泉のうしろに隠れてしまったメイド服の少女しょうじょを、ともあれ、ウォーリックはすこしをかがめてのぞきこんだ。

「わたくしが? このにですか」

「ちがうのか?」


 きょとん。

 としたウォーリックの表情ひょうじょうからは、険悪けんあくとぼけを感じられない。

 本気ほんきで「だれ?」と、知らないひとを紹介しょうかいされたものの、困惑顔こんわくがおだった。

 ひとつの可能かのう性におもいたって、和泉いずみはうしろからパーカーのすそをぎゅっと握ってくるレオナに意識をやった。

「と。いうことは。もしかして、ひとちがい。……かな?」

「まさかっ。自分の出身地しゅっしんち支配者しはいしゃをまちがえるような無礼ぶれいなまね、私はしません。でも、」

 和泉のうしろに隠れたまま、レオナはしゅんとした。

「そうですよね。わからなくて当然だとおもいます。ウォーリックさま。あの。私です。――いえ。……――です。」

(あん?)

 ぽつり。

 とレオナのはっした一人称いちにんしょうに、和泉は胸中きょうちゅうみみを疑った。

 ウォーリックには聞こえていない。

 ……が。さきほどの「学費」にまつわるはなしに、におぼえがあるのか。

 まさか。というかたちに、彼女かのじょのくちがひらいていく。高貴なうつくしさにちたかんばせから、血の色が失せていく。

()()()って。いえ、でも。そんなことが――」

 ひとりごちるというよりは、自分のなかに生まれた、論理的に「正解」であるはずの「仮定かてい」を否定ひていするように。ちいさくうめくウォーリック。

 彼女かのじょのつぶやきに、レオナがかぶせた。

 声のトーンを、ソプラノから――。ずっと。


「おっ。……おれですっ。 ウォーリックさま! ご出資しゅっしをいただいた……フォックスです!!」

 ――ずっと。低くして。

 広間ひろま一画いっかくを、少年しょうねんらしいテノールがふるわせた。

 がちゃん。

 とおとがしそうないきおいで、和泉いずみ石化せきかする。

 ウォーリックもまた、聞くまいとみみもとに両手りょうてをあげるもわず、停止する。

 それでもそのままフリーズしつづけなかったのは、領主りょうしゅたるものの意地か。たみに対する献身けんしんか。

「なにがっ。レオナですか……!」

 現実をこばむ苦悶くもんのうめきは、このひとことを最後にして、ウォーリックは和泉のわきからびくびくかおをのぞかせている少女しょうじょ――いな

 ()()に、彼が忌避きひしてやまない、両親りょうしんからつけられた本名ほんみょうを叩きつけた。

「やっとわかりましたわ。()()()()()。レオナルド・アルフォンソ・ダ・フォックスっ。確かに、わたくしが美術魔法びじゅつまほうさい見出みいだし、このプリンピンキアへやった、魔術師まじゅつしです」

「ごぶさたしております。それと、そのせつはどうも……。ありがたくぞんじております」

 もぞもぞ。

 やっと和泉のうしろから出てきて、レオナ――。

 レオナルドは、十七じゅうなな才の少年らしい、あどけなさののこったテノールのまま、ウォーリックに一礼いちれいした。

 着ていたメイド服のスカートをつまんで。緊張きんちょうしながらも、優雅ゆうがに。



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