54:はいはい。また地下ですか・・・。
あけまして、おめでとうございます。
・前回までのあらすじです。
『上司の使い魔たちにたのまれて、芸術の都【フィレンツォーネ】へむかった魔術師の青年・和泉。
彼はその町にある【プリンピンキア美術魔法学校】で、学園祭のさわぎに乗じて魔術師の禁忌たる【悪魔】の召喚がおこなわれるときいて、ことの真偽をたしかめにきた。
学祭をしらべている最中、「レオナ」という少女と和泉は知りあいになる。
絵をあつかう魔術師をめざしている彼女は、じぶんに投資をしてくれた故郷の男爵に対して、強烈な不安をもっていた。
学園祭には、くだんの男爵もまたきているらしい。
自分に期待をしてくれている領主にきちんとあいさつがしたいというレオナだが、自分の現状に自信がもてず、和泉に同行するよう懇願する。
たのみをききいれた和泉は、彼女の案内にしたがい、キャンパス内にある洋館の庭の奥。結界のはられた場所に、足を踏みいれる――。』
ごごごご……。
行き止まりの壁が、低いうなりをあげる。
ライムグリーンの光がはじけ、閉ざされていた入りぐちが開いた。
壁は奥へとしりぞくかたちに動いたため、あいかわらず、庭のむこうへ行くことはできない。
だが和泉たちのあしもとには、ぽっかり階段がすがたを現わしていた。
――隠し通路だ。
「これは……」
「ついてきてください」
おどろきの声を、レオナがさえぎる。
使い魔の少女をつれて、彼女はさきにおりていった。和泉も言われるままに、自分の使い魔をひっぱって地下への階段に足をおろす。
ふたりの魔術師が、暗がりへと消えていく。
しばらくして、結界の魔法陣が、前庭の塀に復活した。
重い音をたてて、レンガ壁がもとの位置にもどり、出入りぐちにふたをする。
〇
階段は長かった。
せまい通路には、いくつもの腕木が設置されている。先端に青緑の火がたかれている。
魔術による炎ではなく、キュプライト(Cu)――銅による炎色反応を利用した、物理的な灯だ。
かつん。かつん。
レオナのパンプスが暗がりに反響する。ほか三名の靴音もまた、彼女のあとに規則正しくつづいた。
どれほどすすんだろうか。
和泉が、もういいかげん確かな足場が恋しくなったころ――階下にあかりがみえた。
見るものをほっとさせるような、はっきりとした照明。
火ではなく、電気によるかがやきによって、ひろいエリアが昼めいたまばゆさにつつまれている。
「……なんっだ。こりゃあ」
電気による点灯は、この魔術師の世界である【裏】でも一般的である。それに、もともとは青色発光ダイオードや白熱灯を常用する「科学」の世界・【表】にいた身である和泉にとって、シーリングライトなど今更おどろくものではない。
彼があんぐりとしたのは、地下の大広間にうごめく人だかりだった。
ホール全体を円状にした、だだっぴろいスペースに、何百。……いや。ひょっとすると千をこえる人間が、せせこましく並べられたテーブルのあいだを、きゅうくつそうに動きまわっている。
そのうちの何人かはふつうの服装だが、この場にいる大多数が、図ったようにおなじような、とんがり帽状の黒ずきんに黒いローブといった、不気味なかっこうをしていた。
「……な。なんなんだ? レオナ。このひとたちは……」
「私の……。私たちの、なかまなんです。おなじ『結社』の」
「結社?」
「ええ。――あっ!」
和泉は訊きかえしたが、レオナは満足に答えられなかった。階段の手すりを飛びこえて、彼女はのこりの段を一息におりてしまう。
地下の大ホールに着地すると同時に、駆けだしてしまった。和泉をふりかえり――。
「男爵様が。男爵様がいらっしゃいました。和泉さんっ。はやく!」
「ああ。――ちょっと待って」
和泉も手すりを乗りこえて、すこし高さのあるところからコンクリートの地面に飛びおりた。ふたりの使い魔であるクロとミーコは、段上でおとなしく待っていることにしたらしい。
「マスター。ボクたち、ここで休んでるからねー」
うしろから、クロのまのびした声が追いかけてくる。
応えるひまも惜しく、和泉は人混みにまぎれそうになるレオナに追いすがった。
「レオナ、ちょっと止まって――。あっ。すみませんっ」
『完全オリジナル』
『一般のかた向け』
『新刊あります』など。
奇妙なフォントで書かれた札のたつテーブルのはざまで、紙ぶくろ片手に移動する黒ずくめたちと、和泉は肩や背なかをぶっつけて、もみくちゃになる。
「……くううっ。……ととっ。な、なんとかぬけだせたな」
ひとの波をかきわけ、ようやく和泉はすいたところに出る。
『完売しました』のボードた立っているブースだ。そこでぴたりとレオナが立ちすくんでいる。
彼女の肩ぐちから、和泉が進行方向を見やる。
黒髪の魔術師が、ぐるりとホールの全容を焼きつけるように、視線をめぐらせていた。上質な服装から、あきらかに、この場にそぐわぬ高い身分のものであることが知れる。
(って。あいつは……)
和泉が手をあげた。記憶にあたらしい魔術師の背格好に、声をかけようとする。その時だった。
「男爵様!」
レオナがさけんだ。
和泉が、今まさに呼びかけようとした、長い黒髪の魔術師そのひとに。
読んでいただき、ありがとうございました。