53:パスワード
・前回のあらすじです。
『地下にきた【アキラ】が、「男爵様」をみつける』
※主人公の視点にもどります。
〇
ぴー。ひょろろお~。
青空を鳥がおよいでいく。
となりでは、ふくびきであてた残念賞のフエガムを鳴らす少年・クロがいる。
片手にひっかけた黒い法衣をめくって、かくれていた自分の左腕を和泉はみた。アナログの腕時計は、午後一時すこしまえを指している。
「ここで待っててくれって言われたけど――」
ぴーん。ぽーん。ぱーん。ぽーん。
まのぬけた電子音が、広いキャンパスぜんたいに鳴りわたった。和泉たちのいる、宮殿の離れ――サークル合宿用の屋敷にも、機械的なアナウンスはとどいている。
女性の声が、プログラムの案内を告げる。
――ご来場のみなさま。まもなく、本校生徒の作品による、フェスティバルパレードを開催いたします。
場所は、宮殿風校舎まえの広場にて。
ぜひ、おこしください――。
ぽーん。ぱーん。ぽーん。ぴーん。
「……パレードか」
ズボンの尻ポケットから、学祭のパンフレットを引きぬいて、プログラムのページを和泉はあけた。まつりの最終日に、花火や幻影魔術、具象化魔術をつかった、なかなか派手なもよおしをやると記載されている。
開始時刻は……。午後一時。
これから、レオナと行くところのある和泉には、見物できそうにない。
ふえガムで音をたてるのにあきたクロが、ぱくんと穴のあいたお菓子をくちのなかに入れた。
くちゃくちゃ噛んで、ぷーっ。とふーせんをつくる。
喫茶店の当番に行ったレオナと待ち合わせをして、時刻が来るまでひまつぶしをしているあいだに、露店をひととおりあそびつくした和泉たちである。
やることもなくなった彼らは、このしずかな前庭で、あまった数分の時間を、ぼーっとつっ立ってすごしていた。
入りぐちの門扉から、洋館のエントランスまえにいるふたりのもとに、ツインテールの少女と、黄色い髪をおだんごにした女の子がやってくる。
レオナと、その使い魔のミーコだ。
「すみません。お待たせしてしまって」
「ああ、いや――」
いま来たとこ。と気のきいたせりふでも言えればよかったが、そこまでキザなふるまいが似合うだけの器量は和泉にはない。
「……」
「……。……」
ちょっと気まずい沈黙のあと、仕切りなおすように和泉のほうから切り出した。
「ええっと。で、男爵様に会うってことだけど」
「あ。はい……」
わすれていたわけでもなかろうが。あいまいにレオナはへんじをした。
虚空をゆび差すみょうな銅像の建つ庭をよこぎって、塀沿いにレオナは館の側面にまわる。
ついてくるよう手で合図をされて、和泉はしたがった。
クロとミーコも、それぞれの主人にくっついてあるいていく。
「先日うしろすがたを見つけたときに、男爵様がご自身の使い魔とはなしているのを聞いたんです。なんでも――」
キッ。とレオナは言葉を切って、うしろにいる和泉を見た。
洋館のかこいの、どん突きに彼らはいた。
行き止まりだ。
「――男爵様は、悪魔崇拝の現場をおさえるつもりだとか。……和泉さん、私のかんちがいでなければ……あなたもそう。ですね?」
まっすぐに、和泉のサングラスの奥の、硝子と魔法鉱物でできた両眼をみつめてレオナは問いただす。
――いや。おそらくは、彼女のなかでは確定している事実なのだろう。
和泉はうなずいた。
「……。そうですか」
ふい。と顔をまえ――行き止まりのレンガの壁にむけて、レオナは息をついた。
観念なのか。諦念なのか。それともべつのなにかなのか。
憂いをふくんだ吐息は、いずれとも言いがたかった。
……。レオナが訊く。背なかを和泉にむけたまま。
「もし、この先でなにを見たとしても。なにを知ったとしても。私をうらぎらないって、和泉さん、約束していただけますか?」
ていどにもよる――。と言いかえしたかったが、その主張をあえて和泉はのみこんだ。
首肯してみせる。
【悪魔崇拝】への調査を優先したのか、レオナの意思を尊重したかったのか。こたえた和泉自身にもわからなかった。
ただひとつ。
明確だったのは、もしもレオナが魔術師の禁忌たる【悪魔】の召喚に加担していたとしても、彼女を不当に糾弾するつもりはない。ということだ。もっとも……。
(自衛団に突き出すってことくらいにはなるだろうけどな。……それくらいは多分。彼女もカクゴのうえだろう)
悲愴感さえただようレオナのうしろすがたには、「報い」を受けいれる者特有の、研ぎすまされた――すがすがしさがあった。
メイド服につつまれたからだを、緊張にこわばらせたまま、それでもレオナは和泉のことばを信じた。賭けたのだ。
壁に、清潔に手入れのされた指さきをレオナはあてる。そのまま吸いつけるように、レンガ塀にぴたりと手のひらをくっつけた。
グリーンの光がやわらかな線となって、レオナの右手をなぞっていく。輪郭を縁取って、かたちを認証した。
――結界魔術の一種だ。
ライムグリーンの光線が消えると、今度はしろい光の文字が浮かびあがった。
【パスワードを入力してください。】
個人を特定したうえで、結界は、なおもあいてに解除の言葉を要求する。セキュリティが二重にかかっているのだ。
すっ。
しらじらとしたメッセージに臆することなく、レオナは指を動かした。
魔法文字による呪文――というか。ただの文言――を空中につづっていく。
それは、ただ一言。
『魔窟へ…。』
〇以上で、今年(2023年)の、『鉄と真鍮でできた指環《4》 ~魔窟のエクストリーム~』の投稿はおわりです。
つづきのエピソードは、来年(2024年)の1月の初旬に、掲載する予定です。
読んでいただいて、ありがとうございました。
よいおとしを。