52:闇の広間(ひろま)
・前回のあらすじです。
『男爵さまに会うために、和泉についてきてほしいと、レオナがおねがいする』
(※サブキャラクターの視点にうつります)
そこは地面の下だった。
宮殿風のたてものから、離れた場所にたつ館。
プリンピンキアの学生たちが、サークル活動の合宿で使う離れである。
その秘密のいりぐちより先。
「結社」の一員のみが入れるように細工された扉の深奥に、この闇の広間はある。
闇は、青い灯にぼやりと照らされている。
集った影は、まだまばらであり、壁に拡大されて転写された暗影は、たがいにささやきあうように、近づいたり、離れたりをしている。
全員、黒い頭巾をかぶっている。
差異のある体格にもまた、黒一色のローブをまとっている。もっとひとが増えれば、そして密集してしまえば、ぞわぞわとうごめく、正体不明の巨大な生きものとも錯覚できただろう。
おや。と無言ながら、ひとつの黒ずくめが、頭をかたむける。
アキラだ。
目出し帽の頭頂部を、むりに引きのばしてとがらせたような、円錐形の頭巾に、顔のすべてを秘匿されている。
が。まだあどけなさをのこしたスレートブルーの眼に、ほんのすこし掛かったみどりの前髪が、彼の正体をいたずらに強調していた。
アキラの視線のさきには、小柄な少女がいた。彼女もやはり、ほかのものと同様に、黒ずくめで、顔もからだつきも確かめようがないのだが。
だれかれかまわず気軽に話す、その口調とソプラノの声が、衣装のなかの存在が、アキラと同年代かすこしうえくらいの女であることを主張していた。
「おひさしぶり――オリバー。わたくし。――。――の、――が。たのしみでして」
「こころおきなく。――は、邪魔もはいらないから。――」
少女は男性と会話をしていた。この男のほうは、おそらく学内の人間だろうが、少女のほうは「ちがう」と、アキラは彼女のまとう、総体的なふんいきから判断した。
ありていに言えば、毛並みがちがうのだ。
(貴族――。……なわけないか)
もうほどなくすれば、この地下室も校内と遜色なく、照明によってあかるみにさらされる。
もうすぐ……。午前十時に、幕開けとなるのだ。
そして。その三時間後には。
(レオナ。間にあうのかな。たのしみにしてたもんな……)
開幕の瞬間を、いっしょに見ようね。と約束していた友人は、いま得体の知れない男魔術師とともに行動している。
その男は、呪文を使いこなす手練れだ。しかも、耐魔力加工のされた、黒い法衣を持っていた。
つまりは――かの高名な、【学院】の先生。
(ぼくたちのやろうとしていることが、どこからか洩れたのかな。あの男、ぼくらの集会を、めちゃくちゃにしにきたんじゃあ?)
警戒心を、紫電一閃。両の眼光にのせて、アキラは脳裏にちらつくあの男――白髪の、黄色いサングラスをかけた魔術師に、うさんくさそうに鼻をゆがめた。
ざわ。
と空気がゆがむ。
とたんに変わった周囲の気配に、アキラは開幕の時間がきたのかと、両手を拍手のかたちにした。
が、すぐにまちがいだったと悟る。そもそも、会場がこんなにさびしい状態でのオープニング(はじまり)など、いままでにない。
この学校に入学するまえから、「結社」のメンバーであり、開催日にはかならず参拝に来ていたアキラには、すぐに場の不穏さがわかった。
カツ。カツ。
暗闇に足音がおりてくる。
おなじ結社の仲間が――同士があつまってきた音だと、だれもが胸をなでおろそうとした。時刻としても、ちょうど「外」にいるメンバーが、友人や同級生を説きふせて、地上の出店からぬけだしてくるころだ。
また、馬車がここ、フィレンツォーネの町につき、よその地方からの会員が、ぞろぞろ到着する時間帯でもある。
そのなかには、私服での参加を強行するつわものも、少数だがいた。
だから。ここへの階段をおりてきた人物が、いまこの場にいる全員のような黒ずくめでなかったとしても、「敵」と断じるのは早計だとだれもが感じていた。
が、警戒はゆるまない。
あきらかにそのひとは――その魔術師は、ちがった。
仲間でも。同士でも。同類でもない。
異質なものを、むりに品評するような。もしくは、必要とあれば断罪さえする容赦のないまなざしで、その黒髪の魔術師は、アキラたち黒ずくめを、ぐるりと一瞥した。
(こいつは……)
頭巾のなかで、アキラはあぜんする。
いつだったか、レオナに見せてもらった肖像画の人物と、やってきたそいつはうりふたつだった。
決して展覧会には出さなかった、スケッチによる画だったが、詳細な描きこみによる写実的な人物画は、かつて、故郷での話をするレオナに、「――で。きみの絵を認めてくれた『男爵様』ってのは、どんな人なのさ?」と訊いたアキラに、千の言葉をふりかざすよりも鮮烈に、その人間の人格と形を印象づけたものだ。
地下の会場にやってきた魔術師は、ともすれば、レオナの肖像画から飛びだしてきたのではないか。
まっしろになった頭に、ぽかんとそんな取りとめのない空想が浮かび――。
すぐに正気を取りもどして、アキラは、青い光に朧夜のごとく浮かびあがる場内を、しずかに、値踏みするように歩きはじめた魔術師に、身動きがとれないまま思った。
(こいつが……。『男爵様』)