51:かかわりたくない相手なら、かかわらなければいい。
・前回のあらすじです。
『学祭の最後の日に店をだせなかった【流行アート研究会】の学生たち。彼らのもとに、和泉につれられてきた少女・レオナが、絵の魔法をつかって、無事に【やきとり店】をマテリアライズする』
お礼の金券を押しつけようとする『流行アート研究会』のメンバーに、レオナは頭をさげた。
ぴょこ。とアナウサギみたいなツインテールがはねる。
「お気持ちだけいただいておきます。私は店があるので。これで」
いましがた完成させた『焼き鳥店』に、彼女は背中をむける。
研究会の男子学生たちはすこしのあいだ、なおも未練たらしくレオナを呼びもどそうと声をあげた。
が。ルノの音頭により、しぶしぶ店の準備にかかっていく。
「たまげたなあ」
和泉は、どこへともなく行こうとするレオナについていきながら、彼女の見せてくれた魔法に感嘆した。
「魔法陣、つかわないんだな。あれくらいの規模ならてっきりオレは――」
「理屈を消化できなかった魔術師が、絵に救いをもとめたんです」
かつん。
とレオナのパンプスが、冷たい音をたてた。
がやがや。ひとの行きかう前庭の露店群で、彼女はふりかえる。機敏な動きだった。
「――絵の魔法の起源は、そういうふうに言われています。頭に浮かぶ図像と、使用する道具。自己に内在する魔力によって、なんとか一般的な【魔術】を再現しようとした。と」
真摯にレオナは和泉を見つめていた。
怒っているのでも、声の魔術の専門家である和泉を責めているのでもない。
だが卑屈だった。
「この学校では、きみがやってみせた魔法は、かなりハイレベルだって聞いたけどな」
うつむきがちになるレオナに、和泉は言った。すぐとなりにいる使い魔の少年が、退屈そうにそでを引っぱってくるが、いまは相手にしない。
「オレにはわからない。きみが……レオナが、なんでそんなに自信ないのか。蒸しかえすようで悪いけど。その……『男爵様』ってのだって、きみが学内で屈指の魔術師だって知ったらよろこぶんじゃないかな。誇らしいんじゃあ」
レオナは首を横に振った。かたくなに。だが――。
「私は、あのひとは失望するだけの気がしてならないんです」
うなだれたまま、レオナはつぶやいた。そしてキッと和泉を見上げる。
「でも。和泉さん。もしあなたが、本気で、男爵様が私のことで幻滅されないというのなら……。私。すこしだけ、がんばってみようかと思うんです」
いぶしたような灰色の、レオナの瞳が、和泉の視線とぶつかった。
和泉はなんとなく気まずくて、黄色いサングラスのブリッジを押しあげ、かけなおす。……ふりをする。
「がんばるって?」
答えはわかっているはずなのに。和泉はきいた。レオナは意を決したように、宣言する。
「私は、男爵様に、きちんとお顔向けをしたいのです」
おのれに言いきかせるためか、ひとつひとつの音節を、レオナは意識的に区切っていた。
和泉はレオナのいう「男爵様」について、ききたいことがたくさんあった。だが我慢して、レオナの伝えてくるままにする。
レオナが言った。
はずかしそうに、顔を赤くして。血の色ののぼったかよわい顔を、すこしだけ両手のなかに隠して。
「ただ……。その。ついてきてくれると、こころ強いなあ。なんて……。和泉さんに」
はやくちになって、なれないおねだりをするように、レオナはあたふたとした。
ちら。と色のうすい両眼を、うわめづかいにする。
和泉は答えた。
自分の苦手とする人物に、しかし「それではだめだ」とおのれを奮いたたせ、接触しようとするのは、おいそれとできることではない。
和泉は、かかわりたくない相手なら、かかわらなければいい。という意見である。だからレオナの、このたのみに対しては、無理しなくてもいいんじゃないか。と返したかった。
なのに。
「いいよ。それくらいなら全然。そこまで遠慮して言うようなことでもないだろ」
ふたつ返事で和泉はレオナへの同行を快諾した。
彼女の決意に水を差したくはなかった。
どんなかたちであれ、自分自身のためにがんばろうとする人が、和泉は好きだった。