50:1LDKごっこ。
・前回のあらすじです。
『校舎のエントランスで、すったもんだのあったあと、和泉がレオナを困っている学生たちのところへつれていく』
〇
「おおーっ。フォックス!」
両腕をひろげてレオナを出迎えたのは、タオルを頭にまいた男――ルノだった。
彼をはじめとする「焼き鳥店」の一団が、やんややんや喝采して、ツインテールの少女のおとずれを歓迎する。
校舎を出て、すこし入り組んだところにある出店である。
レオナとここに来るまでの時間で、和泉は彼らが「流行アート研究会」の会員ということを教えてもらっていた。
「きみもおつかれさま。これで店を出せるよ」
会員たちのなかから、眼鏡のやせた男・ホガートがでてくる。
ねぎらうべく差しだされた骨っぽい手を、和泉は反射的に握った。
(なんか……。ぬめっとしてる……)
「じゃあさっそくで悪いけど。できるか?」
ルノがレオナに魔術の行使をうながした。
彼がレオナに見せたてのひらには、木箱におさめられたカラーチョークがある。
はずしたフタと容器の側面に、【点睛石】と記載されている。
レオナはルノたちに首肯した。両手をかるく振って、全員に出店予定のスペースから離れるよう指示する。
ルノやホガートたちがどいて、和泉は遅れて、彼らとは反対側にさがった。レオナのうしろのほうだ。
「やることは、そんなに大がかりなことじゃないんですけどね」
小さい子どもがラクガキするみたいに、レオナはタイル張りの通路わきにひざをついた。
線を引きはじめる。
みじかいスカートの奥が見えそうになって、とっさに和泉は、顔を青空にそむける。ぐきっと首が鳴る。
もっとも、レオナは黒いタイツで脚をおおっているので、露骨に下着が見えたりはしないのだが。
「クロ。魔法陣ができあがったら教えてくれ」
「もうできたみたいだよ。魔法陣じゃないけど」
ぱんぱん。
と手をたたく音がして、和泉は地面に視線をもどした。
白い線で、見取り図みたいな、簡素な絵が描かれている。
鉄板の部分には、赤色が使われていた。その「絵」とよぶのにはおざなりな――いわゆる「あたり」に近い、四角と円の集合体に、和泉はむずかしそうに眉根をよせる。
(なんだこりゃ)
1LDKごっこ。という言葉が、和泉の脳裏をかすめた。
白髪の、この若い教授の内心をくみとってだろう。絵のそばに立ったレオナが説明をする。
「これに魔力をそそぐだけで、かんたんな建物はできてしまうんです。本格的なものになると、耐久性の問題もあるので、材料もずっと選別しなければなりませんし、内部から補修ができるような工夫もいります。下絵のほうも、建築士とかが使う、設計図レベルのものが必須です」
言いながら、宮殿風の校舎を一瞥したレオナに、和泉は背すじをふるわせた。
(ま。まさか――)
レオナの視線を追おうとするが、そのまえに、彼女のほうが動く。メイド服の、長いそでからでた白い手を、さきほど完成させた「絵」にかざす。
――魔術の行使は、それだけだった。
ぽん!!
くぐもった音をたてて、白と赤で構成された図形が、白煙につつまれる。
もくもく。
出店スペースいっぱいにふくらみ、徐々にうすれてゆく煙のなかから、立体化した「屋台」が出現する。
和泉とクロのふたりがまず目についたのが、厚みのある布地のテント屋根だった。
つぎに『焼き鳥』の暖簾。
それから、金属光沢まで再現した支柱――ピケに、こちらも確かにアイアン製の鉄板が、のれんの下に設置されていた。
なにも知らない術者が見たら、詠唱なしで魔術をはなつ――魔術師最高峰の奥義、「ひばりの技法」を使ったように感じただろう。
もっとも。「声」をトリガーとする魔術は、物質を「再生」させることはできても、ここまでのものを「つくる」という技術が、まだ確立されていないのだが。
わああああああ!
と「流行アート研究会」の面々から歓声があがる。
野太い音の波に圧倒されて、和泉はレオナに投げかけようとした質問を、のみこまざるをえなかった。あとで聞くことにする。
「サンキュー。フォックス! これで店が出せるぜ!」
「これ。お礼にどーぞ」
「あっ。オレも!」
「わがはいも」
我さきにとレオナに駆け寄る男子学生たち。
最初にルノが。つぎにホガートが。つかわなかった金券をレオナに突き出し、それにつづいてほかのメンバーもジーンズのポケットやポシェットから、くちゃくちゃの学祭専用チケットをひっぱりだす。
レオナのツインテールが、ふらふらと横むきにゆれた。
「すっ。すみません。私、もう金券をつかう予定はないんです」
「ええっ。なんだよ。店番だけで最終日をつぶすのか?」
ルノが不服そうにぶ厚いくちびるをひんまげた。レオナは言いよどんだ。
「いえ。お店は、午前までなんですけど。……」
ちら。とレオナは和泉をみた。
和泉は、自分のまえでは言えない――言いたくない事情があるのだろう。と、すでに彼女の都合には気がついていた。