49:ぐぬぬぬぬぬ……。
・前回のあらすじです。
『ストーカー的な行為によって、和泉が無事に、レオナたちと会える。……。……。……』
「和泉さん、」
突然――と和泉は感じた。つよく名前をよばれて、背すじをただす。
レオナがブラウスのハイネックに隠れたのどをおさえて、声のトーンをさげた。
「どこに行けばいいか、教えてくれますか。私、そのかたたちを手伝いにいきますので」
ふてくされるアキラを横目に、和泉はうなずいた。
「ああ。……でも。こいつの言うとおり、むちゃはしないようにな。反動とか怖いから」
魔力のつかいすぎは、からだのほうにも影響が出る。気をうしなうくらいならまだよくて、そのまま寝たきりや、精神的な錯乱。ストレス性の内臓疾患。部位の損傷を引きおこすケースがあった。
「ええ」
とレオナは心得顔である。わりと本気でよゆうらしい。
「ミーコはどうする? 私といっしょにくる?」
となりの少女のあたまに手を置いたまま、レオナは訊いた。ミーコはすこし考えて、主人をあおぐ。
「ぬしさまは? どうしてほしい?」
訊きかえされて、レオナは迷った。
グレーの双眸が、わずかなあいだだけ、和泉の存在を確認する。
和泉のとなりで、ふわあああと黒髪の男の子があくびをした。
「……私は。ミーコには、アキラと先に行っててほしいかな。そこで――待ってて」
「うん。わかった」
ミーコは満面、笑みにして、レオナのたのみをうけたまわった。
「それじゃあ、アキラ。そういうわけだから……」
みどりの髪の少年を、すまなさそうにみやって、レオナは気持ちしょんぼりした。
アキラは胸のポケットから、ちょろっと頭を出したねずみ――アルバートをぽんとたたいてなかにひっこませる。
「わかった。じゃあ、あとでね。――絶対に来るんだよレオナ。……時間までに」
ミーコの手をひいて、アキラはかなり声のボリュームをおとして、最後のほうのせりふを言った。
エントランスの出ぐちにいた和泉だが、校舎内からきたレオナたち三人とは、そう距離があるわけではない。
……つまりは。さほど離れていないにもかかわらず、アキラのささやきを、聞きとることができなかった。
いたちの最後っ屁とばかり。アキラはいぶかる和泉に、ふんっ。とそっぽをむいてみせる。ミーコをつれて、みどりの髪の少年は校舎を出ていく。
「私たちも行きましょうか」
――急ぐんですよね。
とすぐそばまできたレオナに顔をのぞきこまれ、和泉は遠ざかっていくなまいきな少年に、ぐぬぬぬぬぬ……。とわななかせていた拳をひっこめる。
一、二歩たたらを踏んで、レオナからはなれる。
衣料用の洗剤か。化粧水か。よくわからないが、いい匂いがした。
「あのさ。邪魔だったら、そう言ってもらいたいんだけど――」
ことわられた時のこころの保険に、自分からそう前置きして、和泉はレオナに許可をもとめた。
「きみが魔法を使うところ、オレそばで見てていい?」
「いいですよ。そういえば、和泉さんって魔術学校の先生なんでしたよね」
「ああ……。うん」
「クラリスがお世話になっているところというと――【学院】なんですよね。魔術師の最高学府じゃないですか」
「まあ。そうだね。なんだ……。知ってたのか」
ここ、プリンピンキア美術魔法学校は、『音』を要とする魔術――呪文型の魔術を忌む傾向がつよい。
てっきり、クラリス……カリオストロは、レオナに対して、どの学校にかよっているのかを隠しているかと思いこんでいた。
城の大ホールみたいなエントランスから、真っ青な空と、人いきれにまみれた屋外へと出ていきながら、レオナが和泉に、意識的にほがらかにした表情をする。
「たしかに、画工系の魔術師は、いろいろと言われることが多いし……。そういう呪文型のかたからのお小言もあって、反発的な態度になってしまうかたもいます。けど。私はあんまり気にしませんよ。比較的には。ですけど」
「なんでもいいよ。こういうふうに、ふつーに話してくれるってだけで助かる」
内心では、めちゃくちゃ攻撃にそなえていた和泉である。
しかしレオナに、あのみどりの髪の少年にはあったような対抗心がないのを悟って、肩からちからをぬく。
和泉のうしろをついてきている、使い魔の少年クロが、主人がこっそり身がまえていたのを見てとって、「そこまでビビるか?」という顔をしていた。
レオナはフフっ。とちいさく笑って流してくれる。やさしい。