46:くろずくめ
・前回のあらすじです。
『和泉が、レオナ・フォックスをさがす魔術をつかうため、露店だらけのエリアからはなれる』
人のすくない場所をもとめていたら、奥庭にある薔薇園にきた。
まだきょうのまつりは始まったばかりで、見物客の多くは宮殿の前庭にならぶ屋台にひきつけられている。
学祭初日の昼には、いこいの場として機能していた花園も、いまは閑散としていた。
「ここなら思うぞんぶん、魔術をつかえそうだな」
「だからってちっちゃい子みたいに大声でさけばないでよ。マスター」
「するかよっ」
わきから肩をすくめて注意する、なまいきな少年クロに、和泉はゴツンとげんこつをおとした。
手ごろな花壇をみつけて、レンガのふちに腰をおろし、落ちついた姿勢で探査の魔術を構成する。
ターゲットは――。
「あれっ。ねえ、あれ。クラリスじゃない?」
そばにすわろうとしていたクロが、和泉のパーカーをひっぱってあらぬ方角を指さした。
いままさに呪文を唱えようとしていた和泉は、くちを閉ざし、自分の使い魔の注目するほうをむく。
薔薇園と、ちいさな洋館を仕切る鉄の門がある。
おととい、レオナの使い魔であるベンガルトラのミーコを発見した場所だ。
黄色いレンズ越しに、和泉は洋館の塀のまえを凝視した。こそこそと動く影がある。
魔法の義眼でかりそめの視認を維持している和泉だが、目はけっしてよいほうではない。近眼といっても過言ではない視力であり、そのため動いている人影が、クラリス――クララ・モリス・B・カリオストロかどうか、わからなかった。
立ちあがって、和泉はちかづいてみる。
塀にへばりついて、きょろきょろしながら慎重にすすむ人物は、クロの言うとおり、金髪のボブショートにかざりのついたカチューシャをつけた、ゴスロリ調のドレスの女の子――カリオストロだった。
和泉は黄色いレンズの奥で、さらに目を凝らす。
カリオストロは、かれんな顔をだいなしにするように、黒くてまるいサングラスをつけていた。くちもとも、大きなマスクでおおっている。さらに、体格さえごまかすつもりか、フードつきのローブで、小柄な全身をすっぽりとつつんでいた。
「おーい。クラリス。どこいくんだ?」
気になって気になって。和泉はたまらず少女に声をかけた。
はッ。とカリオストロの黒いサングラスがこちらを見る。
それから、ずり落ちてもいないマスクを引きあげて、これで変装を『かんぺき』にもどした。と言わんばかりに、カリオストロはこそこそうつむいて、洋館の門に駆けていってしまった。
格子状のアーチ門をあけて、なかにはいっていく。
がしょん。
と、鉄の門が、和泉たちの視線のずっとさきで閉まった。
「逃げてっちゃったね」
クロがつぶやく。ぼんやりと。
「よくわからんが……。またなにか良からぬことをたくらんでんじゃないだろうな?」
カリオストロには前科がある。今年の新学期直前に、魔力を増幅するマジックアイテムをつかって、【学院】の関係者や近所の住民に多大なめいわくをおかけしたという罪状が。
「追いかけてみる?」
クロもまた、カリオストロを不審に思っていた。彼女の過去もそうだが、さきほど見た黒ずくめのかっこうは、いかにもあやしい。
はーッ。と和泉は息をついた。
「いや……。ほっとこうぜ」
カリオストロについては、どれだけしんぱいをしても仕切れない。ほどほどのところでうたがうのをやめにした。
「それよりレオナだ」
すわりなおすのもめんどうになって、立ったまま和泉は舗装された地面に手をかざした。呪文を唱える。
「万象を識る、玉座の喧騒」
ぴん。とピアノ線を張るような、するどく硬質な感覚が、和泉の脳裏に交錯する。
仮想の――術者である和泉本人にしか認識できない、ターゲットの位置情報が、半透明の図面になって、足もと(あし)のタイルに視覚化される。
不特定多数のなかから、捜査対象の人物だけを、名前や性別、身長や体重から、あるていど割りだすことは可能だった。
フォックス。という苗字はそうあるものではないので、氏名と性別さえはっきりと意識すれば、レオナがどこにいるかは分かる。
そう思って、和泉は魔術を展開したのだが。