45:ゆびおりの魔術師
・前回のあらすじです。
『学祭の最終日に、そとのブースで出店ができないでいる学生たちを見つけた和泉。ひとさがしの魔術をもとめているかれらに声をかけると、メンバーのひとりであるめがねの青年が、ふくざつな事情をはなしはじめる』
自分たちの身に起こっているアクシデントについて、めがねの青年――ホガートは、和泉に説明をつづけた。
「きみの言うとおり、絵を具現化できるレベルの術者ってのは希少でね。特に、建物をつくれるってなると、指折りなんだよね」
ホガートは、ほとんど皮だけの片手の指をかるく折りまげた。それからあたりの露店群を見わたす。
「まあ。建物をつくれるっていっても、こーゆーテントみたいなかるいものなんだけど」
ホガートの動きをまねするように、和泉もまた、校庭に出ている食べものやゲームの店に視線をめぐらせる。
もしかして。という思いがよぎる。
「ここにある露店は、ぜんぶ絵魔法でつくってるってことですか?」
「そゆこと」
わかっていただけてうれしい。と言わんばかりに、ホガートは首肯した。
「ただね。さっきも言ったけど、店をつくれる画工系魔術師ってすくないんだ。学生ってなると、ほんとにかぞえるくらいしかいない」
焼き鳥店を出すスペースで、「くっ」とほかのメンバーたちがうなだれた。ホガートもなさけない顔つきになって、つづける。
「で。おれたちみたいに、そこまでのちからがない魔術師は、露店を出すのに、すぐれた術師にたのみこまなきゃならなかった」
「例年どおりなら、初日に来てもらうだけでよかったんだがな」
ずいっ。とあたまにタオルを巻いた男――メンバーたちのリーダー格、ルノが、はなしに割りこんでくる。
「でも、きのう雨が降っただろう。それで線が消えちまって……。もういちど、描いてもらわなきゃならなくなった」
天を呪うように、ルノは空をあおぐ。
そのまま「太陽のばかやろー!」とさけび出しそうだった。
……彼がばかやろーと言いたいのは、きのうの雨雲だろうけれど。
にきびの浮いた鼻からずれていためがねをかけなおして、ホガートがうなずいた。和泉に向きなおる。
「そうなんだよ。それで、おれたちはレオナ・フォックスっていう二年生に建ててもらってたんだけど」
「あ。レオナなら、オレも知っています」
学祭初日に知りあった少女だ。
二日目には、校舎内を案内してもらった。
きょうはまだ、見かけていないが――。
「……どこにいるかも――わかります」
「ほんとかい。たすかるっ」
ホガートはグッと片腕でガッツポーズした。
「じゃあ。どこにいるか教えてくれるかな。おれ、よびにいってくるからさ」
校舎内かな。とエリアをしぼりこんでくるめがねの美大生に、和泉は両手で壁をつくっていきおいをさえぎりながらこたえた。
「あ、いえ。オレが行ってきます。なんか……ホガートさん。さっき帰ってきたばっかみたいなんで……」
いましがた走ってやってきたホガートが、ふたたび使いっぱしりに出されるのがいたたまれないのもあって、彼らのゴタゴタに首をつっこんだ和泉である。
「いいのかい。まじうれしい。恩にきるよ!」
「いえ。ぜんぜん、いいんで……」
破顔して、ぱんッと両手をあわせておがみだす青年に、和泉はこっそり肩をおとす。
このホガートが美少女だったら、彼の感謝も笑顔も、和泉にとって何百倍ものよろこびになるのだが。
かなしいかな。やつはヤロウである。
「じゃあ。いそいでいってきますね」
「うん。気をつけて。安全第一でね」
駆けだしていく和泉の背なかに、ホガートが大きく腕をふって声をかける。
ことのなりゆきを、遠巻きにながめていた野次うまたちは、和泉が説明を受けているあいだにちらほらと捌けていき、出発するころにはほとんどいなくなっていた。
ずっとおとなしく待っていたクロが、和泉のとなりにくっついて走りながら、
「でもさあ、マスター。どこでレオナを見たの。ボク気づかなかったなあ」
釈然としない使い魔の少年に、和泉はこっそり教えた。ホガートたちのいた地点から、じゅうぶんに距離があるのをたしかめてから。
「ウソだよ。クロ。オレだって、レオナがどこにいるかなんて知らない。でもな、探査系の魔術はつかえる」
「んじゃあ。あの人たちのところでつかってあげればよかったじゃないか。かなり切羽つまってたし、この際、彼らが毛ぎらいしている呪文型でも歓迎だったんじゃないかなあ」
「……すまん。その言葉を真に受けることは、オレにはできないんだ」
おとといに、この魔術学校の生徒から、襲撃をうけた和泉である。
根にもってるなあー。と思いながらも、もうなにも言わず、クロはうなだれる主人についていった。
だれにも見つからないところで探査の呪文を唱えるべく、ふたりはにぎやかな屋外会場をあとにする。