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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第3幕 学園祭、二日目(ふつかめ)
41/66

41:人生のすべて


 ・前回のあらすじです。

和泉いずみが「本気ほんきだす」って言って、全力ぜんりょくでほかのひとをたよりにする』

(※サブキャラクターの視点からはじまります)




 〇


 ――声をかけられなかった。

 昨日きのうかけた「男爵様」のうしろすがたに、レオナはなにも言えなかった。

 今日きょう以上いじょう雑踏ざっとうおおく、にぎわっていた宮殿きゅうでんづくりの校舎(ない)

 その一室いっしつに、あの人はいたのだった。

 学校長がっこうちょうの、ゴッホホ教授きょうじゅ展示てんじ会をみていたのだ。

 一階いっかいの廊下で、ゴッホホ本人ほんにんがしつこい客引きをしていたから、もしもそのゴリしにまけて鑑賞かんしょうがったのだとすれば、律儀りちぎのような気もする。

 だが。レオナが「男爵様」に抱くのは、そのていどの感情かんじょうだった。

 学校への資金も出してもらい、なにより将来しょうらいに期待をしてくれているのだろうに、それに対する感謝よりも、猜疑心さいぎしんのほうが先に立つ。

 それは劣等感のあらわれなのかもしれない。

 絵へと方向ほうこうをさだめる魔術師まじゅつしは、うらをかえせば「おと」による魔術まじゅつ習得しゅうとくできなかったがために、ちがう分野に移ったとも言える。

 呪文じゅもんによる魔術の発動はつどうにおいて、満足まんぞくな成績をのこせなかったために、材料ざいりょうさえそろえばあるていどの現象げんしょう保証ほしょうする画工がこうタイプに切り換えたと。


 この理屈に反論はんろんするのはたやすい。

 だが「言うはやすし」とは言ったもので、美術びじゅつ系の魔術まじゅつにおいて、おとの魔術を上まわる結果をのこしたものはいない。

 前人未到ぜんじんみとう領域りょういき。といえば聞こえはいいが、いぬ遠吠とおぼえでもある。

 純粋じゅんすいな画工として生きていくことを考えていない以上いじょう、系統はちがうとはいえ、一般いっぱん的な魔術師――呪文じゅもんをつかいこなす術者じゅつしゃとの力量差りきりょうさを、無視むしすることはできなかった。

 「男爵様」は、おそらくは天才の部類ぶるいに属する。

 すくなくとも、レオナには手の届かないという意味いみにおいて、かみにも匹敵ひってきする才能さいのうの持ちぬしであることに変わりはない。

 そんな魔術師が、あきらかにおなじ術者として、はるかにおとる自分に大金を投資とうしする理由りゆうとはなんだろう。

 あとでなにか、むりな要求ようきゅうでもされるのではないか。

 されてしまったとして、いわゆるひとりの魔術師として「おちこぼれ」である自分に、なんの役に立てるというのだろう。

 なにより、今の自分のありさまをて、突きはなされてしまったら。

 ――そんなことをさせるために、学校へやったわけではない。

 と。

 あの人なら、ごまかしもてらいも、隠すこともせずに、切り返してきそうだった。

 例えそれが、レオナの人生じんせいのすべてを否定するものであったとしても。


(だめだなあ)

 とレオナはおもう。

 宮殿きゅうでん西棟にしとう

 よん階にならぶ個室のひとつである。

 魔法まほうによって拡張かくちょうされているのは、ひろい校舎のなかでこのフロアだけだった。

 もとの面積めんせき容量ようりょうおおきすぎて、空間をひろげる必要ひつようがなかったというのもあるけれど、真相しんそうは「できなかった」のひとことに尽きる。

 あっちもこっちも、ぽんぽんと空間をゆがめて領域りょういきを拡げたり、つなげたりする技術ぎじゅつは、プリンピンキア美術魔法びじゅつまほう学校にはない。

 場所ばしょを限定してなら、「壁画へきが」の作成によってなんとかなるが、それも何人なんにんもの職人しょくにん数日すうじつがかりで描いて、やっと可能かのうになるというしろものだった。

 工事にも似た塗装とそうによって増設ぞうせつされたエリアには、生徒のためのアトリエがずらりとならんでいる。

 使う画材によっては制作(ちゅう)暴発ぼうはつもある絵魔法えまほうだが、工房こうぼう内外ないがいになんらかの防御措置ぼうぎょそちをほどこしている。……ということはない。

 自分にあたえられた制作現場(げんば)。つまりはほどよい広さのある一室いっしつで、レオナはぼんやりとスツールにすわりこんでいた。

 のまえには、描きかけの――というのもおこがましい。おおいをかけたカンバスが一枚いちまい、イーゼルに立てかけられている。

 四角い、まっしろなおもてが、まんぜんと椅子いすのうえの創造主そうぞうしゅをみつめかえす。


「ぬしさまー。せっかくのフリーなのに、絵のつづきをやるの?」

 レオナとおなじく、スツールにすわってぼんやりしていたミーコが、おっくうそうに、立てたひざにほおをくっつける。

 レオナは答えない。

 画材がざいを手にすることもなく。彼女かのじょはまるで、そうしていれば着想ちゃくそうが降ってくると信じているかのように、カンバスをながめつづけていた。

「声。かけたらよかったかなあ……。男爵様に」

「そりゃあそうよ。せっかく来てくれてるんだもん。お礼くらい――」

「あの人も、悪魔あくまについて調べてた……」

 レオナは独白どくはくするように言った。ミーコは言葉ことばをひっこめる。

 主人しゅじんが、男爵だんしゃくのうしろすがたをみつけ、自分が腕をひっぱってあいさつをすすめるのを、消極的しょうきょくてきにだが拒絶きょぜつしたのはわかっていた。

 消極的。

 レオナは、そのから逃げだしこそしなかったものの、あいてがこちらに気づかぬまま、どこかへ行ってしまうのを見送みおくった。

 そしてそれ以上いじょういかけることをしなかった。

 引けがあるのだ。

 もとより身分みぶん的なちがいもあり、男爵に対してレオナは委縮いしゅくすることがおおい。それ以上いじょうに、あいてに自分の現状げんじょうを知られたくない気持ちがある。


 レオナが子どものころから、ずっとそばで見守みまもってきたミーコには、主人しゅじんがなにを考え、なにを思いなやんでいるのかくらいはわかる。

 あるじは男爵に――自分がゆめいかけるのに、おしげもなく投資をしてくれた恩人おんじんに、見放みはなされるのが怖いのだ。

 そんな心配しんぱいを抱えこんでしまうくらいに、レオナは変わってしまった。

 ふるさとにいた時とは、比べものにならないくらいに。

 ――あの集会しゅうかいに、参加してから。


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