40:ウソでもうれしい
・前回のあらすじです。
『和泉がノワールと水晶玉で話しをする』
ぼうぜんとセリフを反芻している和泉に、ノワールがなにかの気配を察して告げた。
『っと。ごめんなさいね、和泉くん。あるじさまが起きちゃったから、私、もういかなきゃ。あの子きのうの晩からなーんにも食べてないうえに、徹夜で調べものしてたのよね』
「あっ。そうなんですか」
『ええ。ってなわけで。私もちょっとは何か、くちに入れさせてやりたいわけ。あなたのちからになれないのは悪いんだけどお』
「いえ。お忙しいところすみませんでした。あと、ちからにはなってもらえたと思います」
『そう? ウソでもうれしいわ。あーそうそう。言いわすれるとこだったんだけど、』
「はい?」
『フィレンツォーネに、【学院】からもうひとり魔術師が行ってるはずなのよ。和泉くんに頼んだ翌日くらいに声をかけたのね。その子はすぐに出発したから、ひょっとしたらあなたがくるよりずっとまえに町についてたかもなんだけど』
「えっと、合流――。したほうがいいんですか。オレと、そのひと」
「ううん。べつにそーゆーわけじゃないのよ。ただ、あなたのほかに悪魔について嗅ぎまわってる魔術師がいても、びっくりしないでねってだけ。ああ。もちろん、和泉くんを見限ってその子をやったわけじゃないから。そのへんも気にしないでね』
【学院】から来ている魔術師というと、カリオストロしか和泉にはこころあたりがない。
確かめておこうかとも考えたが、ノワールの主人を気づかうような視線のそわつきをみてしまうと、引き留めるのは苦しかった。
「わかりました。それっぽい人に会ったら――なるべく情報交換とかできるようにしてみます」
『たのもしい返事でよかったわ。それじゃ。ひきつづきおねがいね』
スパゲッティとお茶をのせたトレイを片手にお別れを告げるノワールに、和泉もまた水晶の外から会釈をかえす。
通信をこちらから切る。
使い魔は魔術が使えないため、魔術師のほうでマジックアイテムの調整をするしかないのだ。
「終わったの。マスター」
横からクロが声をかけてくる。
「うん。つっても。レオナに言えるようなことは、あいかわらずなんも無いけどな」
和泉は水晶玉を持って、受付のほうにあるいた。
窓口のわきにある返却台に、ソフトボールサイズの球体を置く。
貸してくれた事務員にお礼を言って、その場をあとにした。
「……【学院】から来たほかのやつって、だれなんだろうな」
「どしたの急に?」
いくあてもなく廊下をすすみながら、和泉は頭のうしろに手を組んだ。聞きかえすクロに、ため息まじりにつぶやく。
「ノワールさんが言ってたんだよ。名前は聞きそびれたけど。できそうだったら、会っとこうかなって」
「クラリス以外では、いまんとこいないよね。むこうも法衣とかマントはずしてるだろうし。見つけるのはむりそうじゃない?」
「だよなあ」
「ってゆーかさあマスター」
クロは、天をあおぐ主人にあわれむような目をむけた。
「たよりにされてないんだね」
ふふん。と和泉は勝ち誇った笑みをクロにかえす。
「ばーか。ノワールさんも、そこはきちんと言ってくれたぞ。見限ったわけじゃないから気にするな。って」
「そのていどの腹芸するくらいの社交性はあるよ。あいつは」
「くっ……。う、うるへえ!」
あきれた半眼をして、首まで横に振るクロに、和泉は両手でつかみかかった。
ノワールの心の内はべつとして、この少年の態度があんまりにもなまいきだったので、首をしめておく。
「よーし。そこまでいうなら、オレの本気をみせてやるよクロ」
「べつにみたかないけどさあ。むしろ、本気じゃなかったときってあるのかな。マスターっていっつもよゆうない感じなんだけど」
(いちいち痛いとこついてきやがる……!)
クロは妙なところでするどい。
けほけほと噎せながらも憎まれぐちをたたく少年に、和泉は反駁しようとした。
が、のどまであがってきていた言葉を、「ごほん!」と咳ばらいしてのみこむ。
「まあ見てろって。とりあえずは――あれだ。有力なネタをつかんでるかも知れないし。【学院】からきてるって魔術師をあたってみようぜ。もちろん、こっちはこっちで調べつつな」
「けっきょく他人まかせなんじゃないか」
「たすけを求めるのも能力の内だ!」
やけくそになってクロにわめいて、和泉はそれ以上のくちごたえは許さんとばかり。あてもないまま走りだした。