38:ところてん式(しき)
・前回のあらすじです。
『ノワールと話しをするために、和泉が水晶玉を借りにいく』
ピンク色のプリン。パンフレットには二頭身で描かれている、プリンピンキアのマスコットキャラクターだ。
それが等身大の着ぐるみになると、子どもも泣きだす不気味な造作になることを、和泉は移動中に悟った。
「よーおこそお。プリンピンキア美術魔法学校へっ。今日はたのしんでいってねえー!」
はしゃいだみたいな高音だが、なかの人がむりをしているのはわかる。
地声がどんなものかは知らないが、このマスコットキャラクターから出てくる音は、なかの人の手を握りしめて「もうしゃべらないでください!」とおねがいしたくなるほど引きつっていて、かすれていた。
「プリンピンキアへ、ようこそおおおー!」
『ゴッホホ教授美術展。ここよりうえです↑』
と記されたボードをかつぎ、お客を誘導している七頭身のプリン。
ゴッホホというのは、プリンピンキアの学校長であり、高名な画家でもある魔術師だ。
どうやら、校舎の三階で展覧会はひらかれているらしい。
等身大のプリンをよけて、よそへいこうとするデート客にしつこくつきまとい、むりやりうえの階へと追いたてていく。
「……。……あの」
「プリンピンキアへ、よおこそ!」
サーモンピンクの手袋をひらひらさせて、ミルク色の全身タイツにつつまれた長身を、かるくかがめてプリンが和泉に声をかけてくる。
これがもう十回以上つづいていた。
最初は素通りしようとした和泉をとおせんぼして。
つぎは、よけようとした和泉のまえで、両腕をひろげて仁王立ちして。
つぎは、――。まあ。似たようなやりとりの繰りかえしである。
いいかげん、和泉はいらいらしていた。
「プリンピンキアへ……。ごふぉおうっ!」
ぐいぐいと背中を押してくるプリンに、あきらめて階段をのぼろうと見せかけて、おもいきり裏拳をたたきこむ。
常時にっこにこのプリンのかぶりものは、なにでできているのか。ほどよく硬く、ほどよく柔らかかった。
そして和泉の鉄拳の威力を、ほどよくなかのひとに伝えてくれた。
「ぐ……ぐふう。……や。やりおるわい……」
ピンクのプリンはあおむけにたおれて、しゃがれた低音でうめいた。
絵であるはずのくちから血を垂らして、がくりと気絶する。
「校長せんせー!!」
近くにいた生徒たちが、血相を変えて飛んでくる。
何人もの若い学生に介抱されて、医務室に引きずられていくプリン校長(和泉命名)を尻目に、和泉はうえの階段のほうにむけていたからだを反転させる。
じゃまもののいなくなった一階の廊下をすすんでいく。
〇
エントランスにあった案内板にしたがって、事務室をたずねた。
事務員の男は、見た感じ「ふつう」のひとで、彼はよそからの客の申し出に、なれたちょうしで応じた。
水晶玉を貸してくれる。
窓口からみえるエリアで使うようにということ。使い終わったら返却台に置くように。という注意を受ける。
事務所の近くには、いろんな大きさの水晶玉を手に、しゃべっているひとたちがいた。
彼ら彼女らもまた、和泉のように、この学校から借りているらしい。
和泉は先客のいる長いすを避け、すこし離れたところに席をさだめた。
クロをとなりに座らせて、通話中には入ってこないようにクギを刺しておく。
クロはいちおう了解してくれた。
椅子に深く身をしずめて、和泉はひざのうえに置いた水晶玉――ソフトボールくらいの、ちいさいタイプだ(水晶玉のサイズによって、通信のさいに術者にもとめられる魔力の量が変わる。ちいさくなるほど、映像や声が調節しづらくなるため、魔力は多くひつようになる)――の、とうめいな表面に手をあてる。
通信したいあいての位置――ノワールの住所だ――を、意識内で指定。
透きとおった球体の中心に、あいての像が浮かびあがる。
ぐつぐつ。なにかを煮る音がする。
「もしもし。ノワールさん。オレです。和泉です」
和泉は水晶玉にうつる人影によびかけた。あいてが応える。
『はーい。おひさしぶりー。ってほどでもないか。なんかあったの、和泉くん』
耳に黒髪をひっかけて、あいては顔を近づける。ノワールだ。
なにか作っているみたいで、片手にはおたまの柄がみえた。
「なんか。いい匂いがしますね」
『ぎゃあっ。さいってー。そこまで感度あげてるの? マナー違反よ。さげてさげて!』
「わっ。すみません」
そそぐ魔力量を和泉はあわてて制限した。
「すみません。水晶玉はめったに使わないもので」
ノワールが「感度」と言ったのは、五感にあたえる影響の強さのことである。ふつうは聴覚と視覚のみ、むこうがわの情報を受信させる。
が。調整をまちがえると、においや味、時には感触さえ、なまなましくこちらに知覚させてしまうことがある。
ノワール家からのにおいが消えていく。
調整がうまくいったのだ。
ほーっ。と和泉は息をつく。ノワールも機嫌をなおす。
『ほんで。和泉くん? 調査の進捗ぐあいでも、ご連絡にきてくれたのかしら?』
「ちょうさ。……?」
「悪魔の」
ノワールが、金色の目をうろんにして指摘した。和泉は「なんのこっちゃ?」と首をかしげてから、はッとする。
「……は。はっ。……はい! そりゃあ、もうっ。誠心誠意、粉骨砕身。がんばってるところですよおー! シロのためにも!」
「どーお見てもわすれてたって顔だったんだけどー?」
「は、はは。すみません。きのうまでは、ちゃんとやってたんですけど。それなりに」
和泉は白状した。
レオナのことで、頭のキャパシティがオーバーして、当初の目的がすっぽぬけてしまったのだ。すこーんっ。と。
ひとの脳みそは、先にはいった記憶があとの記憶によって押しだされる――「ところてん式」なのだ。
それとも。そんなおぼえのわるい構造をしているのは……和泉だけなのだろうか。