37:意見の場(ば)にて。
・前回のあらすじです。
『レオナが、「教授」という目に見えるかたちで結果を出せている和泉を羨む』
〇
芸術。
というものはよくわからない。と和泉は痛感した。
それで食っていこうという人の気持ちも知れなければ、それを買おうというひとの気も知れない。
もっとも。【表】にいたころには漫画やゲームにたくさんお世話になった和泉である。だからそうした娯楽もまた芸術のひとつと言われれば、「そういうもんか」と納得せざるを得ないのだが。
(言われてみれば。確かに「なんで?」なんだよな)
廊下にならんだ椅子に座って通路に足をなげだし、和泉はレオナの問いかけを考えていた。
なぜ。見ていて「いいなあ」くらいに思うものであっても、「買おう」とは考えもしないのか。
黒い法衣は今日もぬいだ状態で、いまはブランケットのようにひざのうえにかぶせている。
ざあざあと屋外にふる雨に、気温は低下傾向で、冬用の黒い上衣は、身体を冷えから守るのにちょうどいいあたたかさだった。
となりにはクロがいる。
レオナとミーコには、ひととおり校内を見てまわったあとに、こちらから言いだして案内を切りあげてもらった。
彼女たちがいなくなってから、存分になやめるよう、和泉はこっそりと一階のギャラリーにもどってレオナの絵のついたはがきと、ほかの人が描いたものを一葉ずつ購入し、こうして人通りだらけの通路のすみで、休憩がてら見比べている。
「なあ、クロ。おまえさあ、どーゆーこと考えてもの買ってる?」
「実用性」
「むずかしい言葉を知ってるな」
使い魔の少年の、身もふたもない返事を聞いて、和泉はうなだれた。
画工系の魔術師にとっては、クロの回答はまだ救いのあるものかもしれない。ただの絵とはちがって、彼女たちのつくる作品には「魔法」という付加価値がある。
レオナも、ただの画家ではなく、絵を描く魔術師として生きていきたいと言っていた。だったら、まがいなりにも魔術の専門家としてアドバイスできることがあるのではないか。
「ためしに使ってみないことには、なんも言えないよな。例えばさー。この絵を解放することで、雨をやますことができれば買うひとも出てくるわけで」
「お守りみたいなあつかいだね」
退屈しているクロがのびをする。
和泉は「同感だね」とつぶやいて、絵はがきをひとつ、閉じた窓にほうりなげる。
まるでぽい捨てみたいに投じられた作品は、太陽を抽象的にえがいたものだった。溶鉱炉のように、バーミリオンと鋼の色をベースにつくられた油絵のコピーが、ふわりと豪奢な上空にひるがえる。
一葉の絵はひらりと舞って、作り手の想像を顕現した。
ぱあああっ。
と聖画のぬられた天井から、金色の光が降りそそぐ。
春の木漏れ日めいたそれは、温度があり、あたたかかった。やぼな言いかたをすれば――。
(暖房器具にはなるか?)
光は和泉が考えているあいだに消えた。持続力がなさすぎる。演劇の効果くらいにはなるだろうか。一瞬のひらめきと、ぬくもり。
昨日、みどりの髪の男の子に突っかかられた時もそうだったが、絵の魔法というのは、使いどころにこまるものが、やたらとめだつ。
(あのガキのも、死神のカードは使えたんだよなー。それこそ非常時の切り札として、あの殺傷力はほしい。でも、たった一発でおわりだった。原画はもっと攻撃回数があるのかもしれないけど、かさばるし。――ってなると、実用性ってないな。絵魔法は。使い勝手で言ったら、断然ふつーの、呪文をとなえる魔術のほうがいいや)
レオナのなやみは、物理的な面からでは解決のしようがない。純粋に、芸術の点からのアプローチがいる。
「そんなの、しろうとのオレにわかるわけがないんだよなあ」
「もー。なんだよマスター。さっきから何きったない雑巾みたいな顔してるの?」
「……そうか。オレはなやんでたら、汚い雑巾みたいな顔になっちまうのか。はじめて知ったよ」
そして知りたくなかった。
クロは落胆する主にかまわず。
「絵だったらさー。ノワールに訊けばいいじゃん。あいつ、ときどき遠い町にまで行って買ってくるんだよ。なん百万円とかするやつ」
「うそつけ。お金はどーしてんだよ?」
「主さまからこっそり借りてるんだって」
「いい度胸してるな」
ノワールの主人は、和泉を直接指導してくれた先輩――師匠である。
何度か使い魔といっしょにいるところを見たことがあるが、和泉の所見では、あるじのほうが尻にしかれているという印象だ。
サイフのひもも、がっつり握られていても不思議はない。ただしそのひもは、固くむすばれてはいないみたいだが。
「…………。あそこ。アンケート取ってるけどさ」
一階のギャラリー――そこからすこし移動したところで、和泉たちはやすんでいる。
――展示室のでぐちでは、学生たちが展示会を観終わった客らに声をかけていた。用紙への記入をおねがいしているのだ。
和泉は出てきた時に、すすんで書いてみたが、ほかの人たちは大抵ことわっていた。
質問の内容が、展示されている作品への評価に関するものが多いのを思うと、見物人たちがあいてをするのを拒むのも、わからなくもない。
(でも。見たなら答えられるんじゃないのか? 魔術的な要素について問われてることはなかったしな。大した手間でもなし。答えかたをまちがったからって殴られるわけでもない。むこうから訊いてこないならまだしも、訊いているのに回答そのものを拒否ってのは、どういうことなんだろう?)
かくいう和泉も、レオナとの一件がなければギャラリーの感想なんてもとめられたところで、「あ。そのー。べつのところ、見に行きたいんで」と、さっさと移動しただろう。
「しょうがない。ここでグダグダしていても、解決できそうにないし」
和泉は椅子から腰をあげる。通信用の水晶玉を借りられないか。事務室をたずねようと、クロをつれて案内板を見にいく。