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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第3幕 学園祭、二日目(ふつかめ)
35/66

35:気がむいたら


 ・前回のあらすじです。

和泉いずみたちが、レオナたちとプリンピンキアの学校にく』



 〇


 クロの報酬ほうしゅうであるチョコバナナは首尾しゅびよく買えた。

 宮殿風きゅうでんふう校舎の東棟ひがしとう一般教養いっぱんきょうようようのちいさな教室きょうしつで、学生たちがいままさにできた商品しょうひんをかごに入れて出発しゅっぱつしようとしていたところに、運よく出会でくわしたのだ。

 レオナが、知りいである彼らのひとりを引き留めて、和泉いずみたちにひとつゆずってくれるように言ってくれた。

 彼らは先日の出店でみせ場所ばしょ取りのさいにレオナに世話になったらしく、感謝の意をこめて、本来ほんらい二百(にひゃく)円(金券で二百にひゃくリーラ)のところを、無料むりょう一本いっぽんよこしてくれた。

 学生たちのほうからもどってきたレオナから、チョコレートとチップのたっぷりかかったおかしを受けとりながら、和泉いずみは言う。

「わるいなあ。あのさ。代金、レオナによこすよ。現金で。その……。あんまりくしてばっかってのも、申しわけないし」

「いいんです。私がきでやってることですから」

 腰のひくくなる和泉に、にこっとレオナは微笑ほほえんだ。

 肩からずれたピンクのショルダーバッグを彼女かのじょは掛けなおす。


 和泉いずみ困惑こんわくした。

「そういうわけにも。あ、ほらクロ。おまえもちゃんとお礼を言いなさい」

「うんっ」

 元気よく返したものの、クロはもうチョコバナナに夢中むちゅうである。

「ありがとうレオナ。だいすき」

 ぱくぱく食べながらのお礼である。和泉はあたまが痛くなった。

「ごめんな。もうちょっと行儀ぎょうぎのいいやつだったらよかったんだけど。どーもオレには、ひとを教育きょういくするちからってのがないみたいで」

「そうですか? じゅうぶんだとおもいますよ」

 ぺこぺこする和泉に、レオナは愛想あいそよく手を振る。

 彼女かのじょは自分の使つかのミーコと手をつないで、先頭をあるいた。

 まどの外は小雨こさめになっていた。

 が。いつまた本降ほんぶりになるかわからない。

 そんな、ぐずついた天気だ。


 〇


 レオナの先導で、和泉いずみたちは、おなじ東棟にある画廊がろうにやってきた。

 昨日きのう、カリオストロが行くと言っていた展示室てんじしつである。

 教室きょうしつをふたつぶんくっつけたほどもあるスペースに、学生たちのかいた絵が、額縁がくぶちにおさめて飾られていた。

 触れないように、立ち位置いちを規制するあかいロープがられている。

 和泉は順路じゅんろにしたがって、絵をながめていった。音楽おんがくはともかく、絵なんて【おもて】にいたころに、漫画まんがや、イラスト投稿とうこうサイトでしかみなかったため、本格ほんかく的な絵画かいがやスケッチ、抽象画ちゅうしょうがなど、ながめていても到底わからない。

「どうですか?」

 一幅いっぷくの、ギリシャ神話――タイトルには『ピグマリオン』とある――を描いた油絵あぶらえあげる和泉に、レオナがとなりから声をかけた。

 美術館びじゅつかんでは私語厳禁しごげんきんのところもあるが、ここはおしゃべり自由じゆうであるらしい。

 あちこちから、へえー。すげー。こまかいとこまでえがけてる。などと、見物客から声があがっていた。


 和泉いずみはレオナに答えた。

「えっと。オレ、絵は描かないし。あんまりないから、よくわかんないけど――」

 描いた学生が、どこかにいるやもしれない。

 彼ら彼女かのじょらをがっかりさせないよう、和泉は言葉ことばをさがした。

「でも、やっぱ。うまいんだなっておもうよ。色とかも、陰影いんえいとかすごいし。写実しゃじつ的っていうのかな? 質感もあってさ。――かなり、いいと思う」

 事実『ピグマリオン』はよく描けていた。

 技法について知識のない和泉いずみには、専門的なことを語ることはできないが、彫刻師ちょうこくしおとこピグマリオンが、自身のつくった乙女おとめの石像に手をかかげ、おそらくはあいをささやいているさまは、美術びじゅつについてはさっぱりしろうとの和泉をしてさえ、切実ななにかを感じさせる。

 レオナがひっそりと笑う。

「じゃあ。買いますか? それ」

「え。――――」

 じょうだんめかして返そうとした。が。半笑はんわらいのまま、和泉の表情ひょうじょうはかたまった。

 レオナのが笑っていない。はい色の双眸そうぼうには、真剣そのもののくらさがひそんでいた。


「それ。私が描いたんです。おのぞみでしたら、一点いってん一万円いちまんえんでおゆずりします。原価を考えれば、破格はかく値段ねだんなんです。……これでも。サイズや値段ねだんが手ごろじゃないなら、ポストカードだってあります。魔術まじゅつの効果はうすれますが、そちらは一点いってん二百円にひゃくえんです。……どうしますか?」

 セールスマンのような口調くちょう――。ではなかった。ただのおし売り。でもない。

 レオナのまなざしは、こちらの反応はんのうをうかがっているふうだった。

 真剣に問う少女しょうじょに、和泉いずみはなんとなく、答えを()()()()()()()()()()()()()気がした

「……。……き。気がむいたら――」

「買わないでしょう?」

 レオナは、和泉いずみの声にかぶせるように言った。

 そのとおりだった。

 レオナの描いた絵は、技術ぎじゅつ的にもきっと問題はなく、きれいで、ひとつの美術びじゅつ品として、高い完成度があった。

 だが。だからと言って、かねをはらってまで手にいれようとは和泉いずみはおもわなかった。

 考えもしなかった。


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