34:費用(ひよう)
・前回のあらすじです。
『ホテルに泊まった和泉たちを、レオナたちが迎えにくる』
〇
雨のなかをレオナたちと歩く。
それぞれコウモリ傘をさしているため、距離はあくが、フィレンツォーネの道幅は、それでも窮屈にならないほどにひろく設計されていた。
まだシャッターのしまった店舗や、鎧戸をしめた民家のならぶ通りを行き、プリンピンキア美術魔法学校につく。
昨日あれほど賑っていた学園祭の屋外会場は、森閑としていた。
露店はすべてなくなり、前庭を形成するコンクリートタイルの床が、校舎までガランとのびる。
妖精や、イラストタッチの動物たちの幻影もなかった。
時刻は九時をまわっていた。入場客はすくないが、ちらほらと、雨具を持った人たちが校庭を行き、開放されたエントランスにむかっていく。
和泉はレオナたちと校庭をすすみ、玄関口に立った。傘をたたんで、スタンドに置く。
「はあ」
とレオナが息をついた。
「だれかと約束とかあるなら、むりに案内しなくてもいいんだよ」
ものうげなレオナのようすに、和泉は横から声をかけた。ブーツのしずくを床につまさきをトントン打ってはらいながら、レオナは首をふる。
「ちがうんです。男爵様にまた会ったら、どうしようかと」
「苦手なの?」
レオナの返答は煮えきらなかった。うん。とも、はい。とも言わない。
「いいひとではあるんです。私がこの学校に入学できたのも、あのひとのおかげだし。……あの、」
レオナは和泉が廊下にあがるのを待ってから、あるきだした。
「プリンピンキアの学費って、いくらくらいだと思います?」
レオナの質問に、和泉は自分のこめかみをかいた。学費のことは、自分がお世話になっている【学院】をふくめ、ちっとも気にしたことがない。
考えあぐねている和泉に、レオナがくすりと笑う。自嘲するみたいに。
「基本的に、この領地では学費って無料なんです。でも、絵や造形をモチーフとした魔術をあつかう学校は、材料費がかかるので。そういうわけにもいかず……」
「じゃあ?」
「ふつうに、絵だけを教える――塾もあります。学校じゃないけど。それも全額、負担してくれるんです。塾だって、かなりの費用がかかりますけど、ここよりは、はるかにやすい。――プリンピンキアは、八けたの額の世界なんです」
「いっ……。せん、まん……?」
そんなばかな。と和泉はぎょうてんした。
学祭の初日に、ここの美大生から聞いたはなしで、画材に魔鉱石が使われているというのは知っていた。
魔鉱石は、生産・採取の都合上、市場での流通価格が高く、それを使った絵の具や粘土が、高価になるというのもしかたがない。
しかし、学校が担う役割は、「おしえる」ということであり、材料費がかかるからといって、一千万単位を取るのは暴利な気がした。
「えっと。でも。けっこう生徒さん、多い感じだよな。なんか支給型の奨学金があるとか。そんな感じ?」
和泉は一階の廊下を移動するレオナに訊いた。うしろから、クロもついてきている。ミーコととなりあって、クロはあるいていた。
宮殿づくりのひろい通路に、店をはじめた学生たちや、客らの足音。はなし声がする。
「ここにいる大半のひとが【貴族】なんです。あとは、商人とか。実業家の子どもとか。もちろん、おとしを召してから来られるかたもいて……。ご自身が領主ということもあるのですが」
「ま、まあ。庶民には縁遠いってかんじはあるわな……」
学費の時点からして、切り捨てられている気がした。
レオナも同意するようにうなずく。
「一般の人も、いるにはいます。土地にもよりますけど、領主さまがお金を出してくれるということもあるんです。特待生になれば、学費は全額免除なので、その枠をねらう生徒もいる」
「きみは? 特待生になれたの?」
和泉が訊くと、レオナは「いいえ」と笑った。
「私は、故郷の領主さまに出してもらっているんです。たしかに絵は好きだったし、勉強もしたかったけど。大学はあきらめてた。自信もお金もなかったし。そりゃあ、画工系の魔術師として生きていきたいって気持ちは強かったけど……。プロになれるのって……ひと握りだし」
レオナの声は、だんだん小さくなっていった。視線も、つられるようにさがっていく。
和泉は彼女をげんきづけたくて、言った。
「でも。領主はきみに出資してくれたってわけだ。それで入学して、いまは勉強中なんだろ。それでいいじゃないか」
「ええ……」
レオナはうつむいたままだった。
「わかっているんです。それは。でも、私。あの人がなにを考えているのかわからない。怖いんです。協力をしてくれるのは嬉しいけど、すなおに受け取れないというか。期待をされているのか。プレッシャーをかけられているだけなのか。……全然、わるい人じゃないのに」
レオナは一気に胸の内を吐露した。
しばらく、四人のあいだに無言の時間がつづく。
使い魔のミーコが、小走りでレオナのそばにつき、はげますように、主人の横顔をのぞきこんだ。
「和泉さん」
レオナがふいに切りだす。
「あなたの用事が終わってからでかまいません。ちょっと、つきあっていただけませんか?」
――ご覧になっていただきたいものがあるんです。
と。レオナは懇願するように、和泉をみつめた。