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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第3幕 学園祭、二日目(ふつかめ)
33/66

33:ホテルにて。


 ・前回のあらすじです。

悪魔崇拝あくますうはいについてレオナにきいた和泉いずみが、彼女かのじょ反応はんのう不審ふしんおもう』




 あさからあめが降っていた。

 学園祭の、二日目ふつかめである。

 【フィレンツォーネ】のまちは、黒い雲を頭上ずじょうにのせて、しのつく雨にけぶっていた。

「ボクの……。ボクの。チョコバナナがあ~……」

 なさけない声をあげているのは、和泉いずみ使つかのクロである。

 べったり。宿泊しゅくはく先のホテルのまどかおいっぱいをくっつけて、彼はうらみがましく本降ほんぶりの外を睨んでいた。

 『中央通信ちゅうおうつうしん』という地方紙ちほうしを、部屋のカウチにすわってんでいた和泉は、黄色いサングラスのおく義眼ぎがん半目はんめにした。

 ビルディングふうの宿。その地上ちじょうよん階の客室から一望いちぼうできる街並まちなみは、まだ午前だというのに暗いはい色に包まれている。

くなよクロ。ひょっとしたら、屋内おくない露店ろてん、やってるかもしれないだろ?」

「やってないもん!」

 クロは窓からはなれて、ベッドのひとつに飛び込んだ。

 【おもて】の世界とはちがって、テレビも冷蔵庫もない部屋だが、かわりに店側みせがわがおすすめする雑誌や画集がしゅう教養きょうよう文学などが、背のひくいたなにならべられている。


 じゅう月のなかばとあって、ただでさえひんやりとしたあきの空気が、まどをたたくあめにより、ことさらにつめたくなっていくようだった。

 クロがジーンズをつけたあしをばたばたさせる。布団につっぷしたまま。

「マスターは、パンフレットちゃんと読んでないんだっ。雨天時うてんじは露店中止(ちゅうし)って、書いてあったじゃないか!」

(うっ……)

 和泉いずみは広げていた新聞しんぶんで、ゆがんだ表情ひょうじょうを隠した。

 ――昨日きのう。レオナとミーコが去っていったあとのことである。

 和泉は空からミーコを探してくれた報酬ほうしゅうに、約束していたチョコバナナをクロに買ってやろうとみせに行った。

 食べものをあつかう出店でみせは校庭に集中しゅうちゅうしていた。

 パンフレットを参照さんしょうしたところ、クロが行きたがっていた店は、前庭まえにわの西側に出ていた。

 混雑こんざつがピークに達しつつあるひる学園祭がくえんさい会場かいじょうを、和泉は人をよけながら店をめざした。

 しかし苦労のかいなく、ふたりが到着したときには、チョコバナナの販売はんばい終了しゅうりょうとなっていた。

 売り切れ。というやつである。


 店員に訊くと、翌日よくじつにまた開店するということだった。

 なので。本日ほんじつはまっさきに、和泉いずみたちは買いにいくつもりだった。

 が――。

「まあ。あれだ。クロ。まだあと一日いちにちあるわけだし。今日きょうはざんねんでも、チャンスはあるわけで……」

「あしたもあめだったらどうすんだよっ。チョコバナナ買えないもんっ。わーん! ボク、がんばったのに! がんばらされたのにいいい!!」

 クロはベッドにひっくりかえって、じたばた手足てあしを振りまわす。

 ふだん家に閉じこめっぱなしで、なにかと我慢がまんをさせることがおおいクロだけに、こうも運のわるいかたちでのぞみが砕かれてしまうのは可哀想かわいそうだ。

 ましてや「高級車こうきゅうしゃがほしい」とか「おおきなお屋敷がほしい」とか、そういうのではない。

 もらえて当然のささやかなごほうびがもらえないのが、なんとも……。はたからていて、いたたまれないのだ。

「そうだな。おまえはよくやってくれたよ。えーと。だからだな――」

 こんこん。

 はげましの言葉ことばを探していると、ドアからおとがした。

 ルームサービスなんてたのんでいないため、「ん?」と和泉いずみ怪訝けげんになる。騒音そうおんに対するクレームかもしれない。

「すみません。和泉さん、いますか?」

 ドアの外から返ってきたのは、聞きおぼえのある声だった。

 和泉はカウチから立ってあるいていく。


 どうやってホテルの場所ばしょを知ったのか。疑問におもいつつ。

 ドアをあけると、ツインテールの、セーターにロングスカートすがたの少女しょうじょが立っていた。そばには、五才くらいの、褐色肌かっしょくはだおんなもいる。黄色いかみをふたつのお団子だんごにして、彼女かのじょ――ミーコは、今日きょうも中国風ちゅうごくふうの服を着て、パンダのリュックを背負しょっていた。

 和泉いずみがよほど変なかおをしていたのだろう。

 ツインテールの少女――レオナは、ぱッと一歩いっぽひいて、あたまをさげた。

「ごめんなさい。その、和泉さんがここにいるの……。人伝ひとづてに聞いて……」

「ああ。そういうことか」

 だとしてもみょうな気がした。だが和泉は詮索せんさくしないことにした。

 多少たしょうしこりはのこるが……。

「あの。今日きょうは、私が学園祭をご案内あんないするということで、おむかえに来たんです。ごめいわくでしたか?」

「まさか。でも――店番みせばんとかは? いいの?」

「はい。二日目ふつかめはもともと、一日いちにちみてまわれる予定よていでしたから。喫茶店って、サークルの子とやってるんですけど……当番とうばんはかならず、みんな一日いちにちやすみがはいるように調整ちょうせいしているんです」


「レオナああ~」

 ベッドから飛びおりて、クロが三人のところにやってきた。ひっしと、ここぞとばかりにレオナのセーターにしがみつく。

「食べものって、今日きょうほんとに売らないの? ボク、マスターにチョコバナナ買ってもらわなきゃならないのに」

「あ。屋外おくがいでやってた露店は、一部いちぶ校内こうない移動販売いどうはんばいするみたいですよ。教室きょうしつでつくって売りあるくから、販売はんばい点数てんすうはすくなくなるし、場所ばしょもばらばらになるけど」

 『一部いちぶの店は』という点に、和泉いずみ不安ふあんになった。

 クロも「全部だったらいいのに」と不服顔ふふくがおをしている。

 ミーコがクロの感情かんじょうのくもりに気づいた。

「チョコバナナはやるって言ってたよ。618教室でつくるってきいたから、行ってみたら買わせてくれるんじゃないかな」

「ほんとっ。やったあ。マスター、すぐ行こう!」

「わかったよ。――それじゃあレオナ。今日はよろしく、おねがいします」

「はい」

 レオナはお日さまみたいな笑顔えがおおおきくうなずいた。

 茶色いツインテールが、ぴょこんとはねた。

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