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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第2幕 芸術の都(みやこ)にて
32/66

32:男爵様


 ・前回のあらすじです。

和泉いずみがいじめたベンガルトラが、レオナの使つか・ミーコだった』



 〇


 洋館ようかんを出て、薔薇園ばらえんから校舎の前庭まえにわ和泉いずみたちはもどってきた。

 メイド喫茶から駆けよってくる人物がいる。

 モカブラウンのツインテールの少女しょうじょ、レオナだ。

「ミーコ!!」

 メイド服をひらひらさせて、周囲しゅういの客の好奇のも気にせずに、レオナは三人のもとにやってくる。

「ぬしさまあー!!」

 クロとつないでいた手をぱっとはなして、おさない少女――ミーコもまたはしりだした。

 レオナのむねに、ミーコが飛びこむ。

 レオナは彼女かのじょをひっしと抱きしめた。

「ああっ。よかった。心配しんぱいしてたのよ。どこ行ってたの……」

「ごめんなさい。男爵様だんしゃくさまがいたから、ごあいさつしなきゃって。だってぬしさま。すごくあの人にお世話になったでしょう?」

 レオナにだっこされた状態じょうたいから、すとんとゆかにおりて、ミーコは主人しゅじんはい色のをみあげた。

 うっそりと、レオナのゆたかな睫毛まつげが、ひとみ上半分うえはんぶんをかげらせる。

「……。……うん。でも、きっといまの私をたら、がっかりするだろうな……」

 ぽつりとレオナはこぼした。

 ミーコは心配そうに、そしてかなしそうに、あるじをつめていた。


 レオナの視線が動く。

 彼女かのじょたちの先にいる和泉とクロは、気まずげに身動みじろぎした。

 和泉いずみが言う。

「あー。とりあえず、その子が――。きみの探してた子でいいんだよな?」

 レオナとミーコのまとう魔力まりょくは、気配けはいがまったくの同質のものであることを、和泉いずみはなに伝えていた。

 レオナはしっかりとうなずく。

 こらえきれず、和泉は肩をふるわせた。レオナにわめく。

小柄こがらのとらねこだって言ってたじゃないかっ。まじもんのトラだったなんて、聞いてないぞ!」

「えっ……。い、言いましたよ私。あの。猫科ねこかけもので。トラ縞模様じまもようで。小柄こがらなほうなんですけど。って」

「マスターがちゃんと聞いてなかったってことだね」

「ぬしさまをいじめないで!」

「くうううう…………っ」

 黒いあたまのうしろに手を組んだクロにさとされ。レオナのまえに両腕りょううでを広げてかばうミーコに睨まれて。完全にわるものの和泉である。

 観光客のなかからも、とおまきにこのいさかいをながめて「なあに。いじめ?」「やあねえ」とささやきがもれる。


「うう……。いいんだいいんだ。どーせオレなんて……。なにやってもむくわれないぼんくらなんだ」

「そこまでちこまなくっても」

 気まずい空気にあせを垂らして、レオナはうなった。

 和泉いずみはあてつけがましくレオナたちに背をむけて、しゃがみこんで、地面じめんにたくさんの『の』の字を書きつづる。

 雑踏ざっとうにもどるまえに黒い法衣ほうえいだため、このなさけない青年せいねん魔術まじゅつ研究けんきゅう教育きょういく総本山そうほんざん学院がくいん】の教授きょうじゅであることを知るものはいない。

 レオナが咳払せきばらいした。

「とっ。とにかく……。ミーコをつれてきてくださって、ありがとうございました。これ、すくないですけど……」

 エプロンのポケットから、レオナは十枚じゅうまいつづりのチケットを和泉いずみに差し出した。

 プリンピンキアの学園祭でつかえる金券きんけん、リーラだ。千円分ある。

「えっ。いいの? カリオストロから、もう二千円分にせんえんぶんもらってるから、おれいはべつにいらないんだけど」

「いえ。そもそもは私がおねがいしたことなので。あまり差しあげられないのは、申しわけないのですが」


「あっ。いや。うれしいよ。ありがとう」

 しゅん。とうつむくレオナから、和泉いずみはうやうやしくチケットを受け取った。うずくまっていた姿勢から、きちんと立ちなおす。

 これで金券が三千円分になった。

 クロにチョコバナナを買ってやったとしても、まだはめをはずして学園祭をたのしめる金額だ。

「それじゃあミーコ。私、もうすぐ交代だから。そのあとで、いっしょに男爵様のところに行きましょう」

「うん。――でも。どこに行っちゃったかわからなくなったの。校舎のほうまでは、ついていけたんだけど」

「そう。たぶん、作品をてまわっているんだとおもう。視察しさつも込みで来てるだろうから」

「そっか。にしても変だよね。去年きょねんは来なかったのに。なにかあったのかな?」

「気まぐれ――。とも思えないけど」

 レオナの声に、ふと和泉いずみ不安ふあんの色を感じ取った。

 脳裏のうりに、トリスのまちでシロが言っていたのがよぎる。一部いちぶの貴族が悪魔崇拝あくますうはいについて騒ぎたてている。――と。

(その男爵だんしゃくさまが、ビビッてる内のひとりで、調査ちょうさのために来てるってことかな?)


 そう考えると、つじつまがあう気がした。首をかしげて、黙考もっこうをつづける。

「あのお」

 声をかけられて、伏せていたかおをあげる。と、和泉いずみはぎょっとしてあとずさった。

 レオナのかおが、すぐのまえに来ている。

「どおおお!!」

「あ。すみません……」

 レオナは数歩すうほ動いて、和泉いずみから距離きょりを取った。

 こんなにまろやかな性格の子に、至近距離しきんきょりでみつめられて、和泉の心臓はばくばくしていた。

「その。明日あしたでよければ、学祭がくさいのほうを案内あんないさせていただこうかと。今日きょうはちょっとむりで。あさっても……。私、集会しゅうかいがあるから、だめなんですけど」

「集会って――。あ。ひょっとしてさっき、薔薇園ばらえんったみどりのかみおとこと、おなじあつまりとか?」

 和泉はレオナにかまをかけてみた。

 はッ。と彼女かのじょりょうサイドにながれる髪がふるえる。それを和泉はみゃくありと受け取った。

「……それってまさか。【悪魔あくま】がらみだったりする?」

 単刀直入たんとうちょくにゅうに和泉は詰問きつもんした。

 レオナはすばやく、ミーコの手を取る。あさっての方角ほうがくに、身体をむける。


「い、いこう。ミーコ。はやくしないと、あのひと帰っちゃうかも!」

 レオナはミーコを引きずって、露店ろてんと客らのごったがえすなかにはしっていった。

 メイド喫茶きっさの、注文ちゅうもんと会計(よう)のテントのおくから「あれ。レオナちゃーんっ」と、高い声がい駆ける。

「……行っちゃった。まあいっか。ちょっとはやいけど、交代ってことで」

 店番みせばん早目はやめに切りあげたレオナを、おなじく当番とうばんをしていたメイド服の女性じょせいが、小さく肩をすくめてあきらめた。




         (『第2まく:フィレンツォーネにて』おわり)




 んでいただき、ありがとうございました。


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