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鉄と真鍮でできた指環 《4》 ~魔窟のエクストリーム~  作者: とり
 第2幕 芸術の都(みやこ)にて
30/66

30:魔法陣(サークル)


 ・前回のあらすじです。

和泉いずみとクロが、最後のミーコ候補こうほい駆けられる』




 うしろになびく黒い法衣ほうえが、三条さんじょうつめに引き裂かれる。

 ベンガルトラの黄色い前脚まえあしから突き出た天然てんねんほこが、物理攻撃に対して耐性たいせいのない法衣に細長ほそながあなをあけた。

「うううおおおおおおおっ! こ、殺されるうううう!!」

 クロを抱えたまままえに飛びこんで、和泉いずみはトラの一撃いちげきをかわした。片腕のロンダートで後方こうほうをかえりみる。

 トラはすかさず跳躍ちょうやくし、和泉の頭上ずじょうから――全身をとらえようと、のしかかる。

「マスター。あいつを人間のすがたにすることできないの?」

 右腕みぎうでに抱えたクロから、のんきな声がかかった。和泉はよこに跳んで、落下するベンガルトラをかわす。小鼻こばな親指おやゆびでこすり、嗅覚きゅうかくをきかせる。

 ……魔力まりょくのにおいがした。

 このトラは、だれかの使つかということになる。

「やってみる――しかないか。このまま人のいるところに出すわけにもいかないし」

 ぽいっ。和泉はクロをすてた。がかるくなり、動きやすくなる。クロは地面じめんででんぐりがえりして、うように主人しゅじんのそばからはなれた。


 洋館ようかんのちいさな庭――アーチじょう門扉もんぴのまえで、トラの巨躯きょくが、和泉いずみにターゲットをさだめる。

 和泉はパーカのポケットをさぐった。普段【学院がくいん】で教鞭きょうべんを取る際に、ついうっかり授業じゅぎょうで使っていたチョークを上着にいれてしまうことがある。そのくせを期待して手をいれたのだった。

 というのも。まさか外で白墨チョークをつかう機会きかいがあるとは想像しておらず、意識的に準備じゅんびなんてしてきていなかったのだ。

(やっ。やばい……)

 ゆびさきがポケットのなかの空洞をひっかくのを感じた。

 和泉の首筋くびすじあせがながれる。

(たのむっ。たのむ! 数日すうじつまえのオレ! うっかりしててくれ! ポケットに、講義室の黒板こくばんからうっかりチョークをパクッててくれええ!!)

 自分のぼんやりぶりにいのりつつ、和泉は弾丸のごとく跳んでくるけものを、地面にころがってかわした。

 動物すがたの使つかが、きれいに門の手前てまえに着地して、すぐさま小石を散らして和泉にせる。

 にげたい気持ちをおさえつけ、和泉いずみを低くしたまま、レンガブロックの舗装路ほそうろにへばりついた。

 指さきにつけた。かた感触かんしょく

 それを引きき、自分のあしもとに一閃いっせんさせる。


 あかと白の市松模様いちまつもようにデザインされた路面ろめんに、まっしろなせんがはしった。かくして、石灰せっかい一文字いちもんじが、和泉とベンガルトラの両者りょうしゃを仕切る。

 するどい銀の光が、半透明はんとうめいの壁を構成した。

 シャボンだまのようにしっとりと、突撃するトラを魔力まりょくまくが受けとめる。

 魔法陣サークルによる簡易かんいの結界だ。

 古典魔術こてんまじゅつのひとつで、魔術師まじゅつし力量りきりょうにより、強度きょうどや構成のはやさ、成功の可否かひが変わる。

 ――この世界で一般いっぱん的な魔法陣まほうじんは、本来ほんらいルーン文字などの記号を組みあわせ、正しい文言もんごんすことではじめて効果を発揮はっきする。

 だが。腕のたつ魔術師であれば、単純たんじゅんサークルをつくるだけで魔術まじゅつの効果をひきだすことができた。

 ただしその際には、発現はつげんできる魔法まほう能力のうりょくはかなり限定的なものになる。

 このひよわな魔力まりょくのヴェールのように。

 ……じまんだが、そのへんの魔術師であれば、一本線いっぽんせんで構成しただけの未完成みかんせいの魔法陣では、なんの効果も発揮しない。ただのらくがき……。魔術的に「不発ふはつ」でわっただろう。

 あるいは。なまじきずくことができたとしても、怒りにちた獣類じゅうるいの攻撃をふせぐほどのものは構成できなかっただろう。

 あっけなく、あいての猛攻もうこうに突きやぶられるのがせきやまだ。


 その点でいえば、和泉いずみもダテに【学院】の教授きょうじゅをやっているわけではない。

 魔術師まじゅつしとしての腕前うでまえには、彼は【学院】の外の連中れんちゅうにであれば、カンタンにけないだけの自負じふがあった。

「ぐううるるるるるるる」

 白線はくせんのむこうでトラがうなる。

 ぐるりと黄色と黒の縞模様しまもようのからだをめぐらせる。

 和泉は魔力まりょくの仕切りを迂回うかいしようとするトラのまえで、右足みぎあしじくに、全速力ぜんそくりょくでぐるりと自分のまわりにチョークを一周いっしゅうさせた。

 うおおおおおおおお! と心のなかでわめきながら。

 がりがりと地面じめんに白線をひいて、自分を円のなかに閉じこめる。

 トラの身体が、ふたたび和泉いずみのほうをまっすぐにとらえた時には、ちいさくてすこしけたとりでが和泉をまもっていた。

 ここまでやって、はじめて、和泉は自分の人さしゆび親指おやゆびのあいだに、石っころくらいのサイズに使い潰されたチョークがあるのをみる。

(よかった。ありがとう。授業中じゅぎょうちゅうのオレ。ずぼらでいてくれて)

 仕事(ちゅう)――そして仕事後の自分のものぐさな性格に、和泉は心のなかで手を組みあわせて感謝した。


 トラがサークルの外でぐるぐると移動しはじめる。

 和泉いずみをかこう壁に、あっちこっちの方角ほうがくから頭突ずつきする。

 魔力まりょくまくは、うすく弾性だんせいのある表面じょうめんで、トラの攻撃の威力いりょく吸収きゅうしゅうした。

 外にしかえす。

「マスター。はやくそいつ、人間にしちゃいなよ」

「ああ――」

 円のそとで、まんいちの事態にそなえてを伏せているクロから催促さいそくされ、和泉はうなずいた。

 あくまで自分だけをねらっている。ひるねちゅうに攻撃されたのがよっぽどイヤだったらしい。……不可抗力ふかこうりょくなのだが。

 トラに、両手りょうてをむけて呪文じゅもんとなえる。

「皮を着る、くまの遠吠とおぼえ!」

 人化と動物化を、強制きょうせい的に切りかえる魔術まじゅつをはなつ。

 サークルの外のトラが、一声ひとこえいた。

 ぼうんっ。

 くぐもったおとをたてて、まっしろなけむり発生はっせいする。けものの全身をつつみこむ。



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