28:アクションゲームなトラップ。
・前回のあらすじです。
『和泉がみどりの髪の少年に、絵の魔法で殺されかける』
ぽひゅん。
死神は煙になって消えた。
次撃にそなえていた和泉は、あいてがどこかへテレポートしたと考えて、警戒を解くことをしなかった。
きょろりとうしろを見る。
――いない。
であれば、頭上か。
(うえにもいない。……じゃあ?)
和泉は少年のほうを見た。初撃をはずして、ぷうと頬をふくらませている。そんなのんきな怒りがゆるされるほど、まったりとした攻撃ではなかったが。
「うう……。ぼくの自慢の『魔王』が……。こんな変質者なんかに……」
「だからっ。変質者じゃないってーの!!」
和泉は肩をそびやかして訂正を要求した。腕にひっかけていた黒い法衣を羽織りつつ。
少年の絵魔法を披露されたあとでは、もはや防御に対して、なりふりかまっていられなかった。
騒ぎに気がついた散歩客や、花畑を目の保養に休憩していた人たちが、ざわつきながら和泉と少年のほうに注目する。
近づいてくる者もいた。
そのなかには、少年とおなじように、絵の具をくっつけた前かけや、つなぎを着ている魔術師――美術魔法学校の学生らしきすがたもある。
彼らを気にしつつ、和泉は少年からも視線をはずさなかった。
和泉がまとった、魔力に対する抵抗をもつ黒い法衣は、【学院】の教員・研究者クラスに支給される衣装である。
それをまのあたりにして、みどりの髪の少年の、うすい青灰色の両目がみひらかれる。
「それは、【学院】の先生だけが着ることをゆるされる……」
「回答は控えさせてもらう。どーもこの学校の人たちは、呪文を使う魔術師を毛ぎらいしてるみたいだからな」
少年と問答しているうちにも、そこかしこからヒソヒソ声が届いてきた。
「あの白い髪のやつ、【学院】の研究者かな?」
「にしては若すぎないか? 顔もあほっぽい」
「どーせあの法衣、にせものだろ?」
「いやあ。わからんぞお」
「気をつけろ。やつら絶対音感とかでマウント取ってくるからな」
「カスタネットしか奏でられないおれを……いじめてくるんだ……」
うたがわしげな声。
くやしそうな声。
かなしそうな声に。
「気にすんな。おれもだ……」
「わいなんか、音符も読まれへん。あんなん暗号や……」
となぐさめる声。
いつのまにか学生たちは、「ぼくも」「わたしも」「拙者も」とあつまって、ほんのりあたたかな空間が作られる。
(ううう……っ。うらやましくなんかないやい!!)
友達らしい友達が、限りなくゼロに近い和泉は、視界のすみっこに自然とできた友情空間に、大きな精神的ダメージを受ける。
奥歯を噛みしめながら、血の涙をながした。
少年が、なにかに気づいたように、はッとまるい顔をあげる。
彼はもはや、和泉のことを「おにいさん」と呼ぶことさえしなかった。
「そうか……おまえ。音楽ができるって内心でほくそ笑むだけではあきたらず、ぼくたちの作品を『なんでえ、こんなのだれでも描けるじゃねえか。ぎゃはははははは!』って馬鹿にしにきたんだな!」
「しねーよ」
……やけに実感をともなったからかい文句に、和泉はきっぱりと、反論した。
こちらの弁解なんて聞く気のない少年は、ぶつぶつ、またひとりごとをはじめる。自分の世界を展開する。
「そうか。そうやって、おまえたちはぼくの領域を侵犯するんだ。……あっ。じゃあ――――さまの集いも」
(ん?)
少年のくちにした単語に、和泉は反応した。
名前のように聞こえたのだ。
ほかにも「闇の」とか。「帝王」という言葉も聞こえた。
「ちょっと待て。その、なんとかの集いってのを、もうすこし詳しく聞かせてくれないか――」
「ゆ、ゆるせない。あれは、ぼくの聖域。いや、ぼくたちの楽園。ユートピアなんだ! おまえなんかに壊させや――しない!」
少年はふたたび、ポストカードを投げつけた。
葉書きに描かれた絵をリアライズする魔力の青い火炎が、紙をのみこみながら、印刷された水彩画を物質へと構築する。
「どおおおおおおおっ!?」
パンチの形になって飛んできた大きな岩塊を、和泉は顔のまえに両腕をクロスさせて受け止めた。
反射的なガード姿勢とはかんけいなく、黒い法衣のまとう魔力遮断の能力が、イラストタッチの巨岩をばらばらに破壊する。
【学院】の法衣は、よほどの魔力がはたらかないと、その加護を破ることはできないのだ。
くずれた瞬間に生まれた無数の石くれが、生きもののように地面を動きまわる。
それらは瞬時に、和泉の足の下にすべりこんだ。
一枚のもようを、ジグソーパズルみたいに組みあわせて、形づくる。
「なっ。……なんだ……?」
パンチのマークが描かれた、アクションゲームに出てきそうな。踏めばなにかが起こるであろう、あやしげなパネルが、和泉の立っている地点にできあがる。
(と。いうことは……)
【表】(魔法のない世界)にいたころは、ビデオゲームが趣味だった和泉である。これからじぶんの身におこる事態が、直感的にわかった。
直後。
ばよおおおおん!!
と両足の下で仕掛けが作動する。
地面から突き出したばねつきの拳が、とんでもない膂力でもって、和泉を空高くへと跳ね飛ばした。