27:しにがみ
・前回のあらすじです。
『和泉とクロが、トライアンドエラーでレオナの使い魔さがしをする』
〇
「クロ。どーやったらこいつがミーコだって思えるんだ?」
和泉は花壇のかげから小動物を追いたててきた烏に、自分のこめかみを押さえながらうめいた。
トゲの生えた花々をかこうレンガの角から飛び出してきたのは、まっ白のねずみ……ハツカネズミである。
「よく空から見つけられたなとは思うけどさあ」
逃げようとするマウスの、ほそくて長いしっぽを和泉はしゃがんでつかまえた。
クロをほめたものか。しかったものか。
判然としないまま、感想を告げる。
「確かにこいつはだれかの使い魔だな。レオナの――じゃなさそうだけど。……ん?」
「アルバート! アルバートお! どこいったんだよおー!?」
大声をあげて、花園を走りまわっている少年がいる。
頭に作業用のバンダナをまいて、ティーシャツに半ズボンのうえから、絵の具だらけのエプロンをかけている。
「出てきてよっ。ぼくが悪かった! 横取りしたチーズケーキは、明日ちゃんと買いなおしてあげるから――」
(ここの生徒かな)
歳は十二、三才ほどの、深緑の髪の少年だ。
もとの髪は茶色であるらしい。
染めた頭髪のはえぎわから、ほんの数センチ、のびたばかりの髪の毛がのぞいていた。
「ああっ――!」
少年は、和泉がつまんでいるものに、灰色がかった青い目を留めた。
スニーカーをばたばたあわただしく鳴らして近づいてくる。
「ぼ、ぼくのアルバートがっ。知らない人に……食べられかけてる!!」
「いや。食べる気は全然ないんだけど――」
「これは……」
少年は、両手を拳にしてなにやらひとりごとをはじめた。
自分に言いきかせるように。
「――正当防衛だ。ぼくの使い魔を、見知らぬ変質者から奪いかえすための……」
決して。一度ためしてみたかった術を、これさいわいとばかりに使う口実がほしいわけでは。とかなんとか。
ぶつぶつとつづける少年に、和泉はなにか物騒な気配を感じつつ言いつのった。
「聞いてくれって。オレも、ちょっと使い魔を探しててだな――」
「そんな言いわけ通用しないぞ! どうひいきめに見たって、おにいさんは――ねずみを食べそうな顔をしている!」
「それがどういう系統の造作か。具体的な特徴をあげてほしいもんだな」
ずきずき痛むこめかみを、人さし指でおさえてこらえつつ、和泉はしゃがんでいた姿勢から立ちあがった。
つまんでいたねずみのしっぽをかるく振って、ほうりなげようとする。少年に返すために。だが。
「アルバート。いまぼくが、その暴漢から助けてあげるからね!」
「だあれが暴漢だっ。このくそがき!」
謂われのない汚名に和泉がわめき返した。その時だった。
少年が、エプロンのポケットから、数枚の紙きれを指の股にはさんで取り出す。
(ポストカード?)
表面に絵の印刷された葉書きである。
ほんの一瞬だけ、和泉も使いなれている「護符」かと思ったが、サイズと郵便番号の欄のあることから、すぐに認識を矯正する。
少年が、取り出したうちの一枚を、手裏剣のように投擲する。
「くらえーっ! ぼくが魂を込めてえがいた、必殺の一撃を!」
徹夜あけのテンションのような――。
でなければ狂気じみたげんきさに満ちた奇声を、少年はあげた。
宙を直進し、またたく間に胸もとにせまる一葉の絵はがきに、和泉の首のうしろがゾワッと粟立つ。
はがきは、少年の手をはなれた直後に青く燃えあがった。
紙をめらめら、群青の火がのみこんで、まるでなかの絵を物質へと成長させるがごとく、むくむくと熱のかたまりを肥大化させ、静かな花園に黒い影を出現させる。
「し……っ。死神!?」
ぬうっ。
青い炎から生まれた黒い巨体。
がいこつの頭部に、絵本に出てくる「おばけ」のような身体。
じょうだんのように愛らしくカルカチュアライズされたその造形は、黒いローブにおおわれて、骨の両手には濡れたようにぎらぎら光る、金属質な大鎌を握りしめている。
(これも、実体のない……。この学校の入りぐちで見たような、幻影。なのか?)
プリンピンキアの学校にはいる際に見た、触れることのできない妖精たちとおなじような――。
必死に「そうであってほしいと」自分に言いきかせようとした和泉だが、本能が、圧倒的なボリュームで、「ちがう」と警鐘を鳴らしていた。
すぐ目のまえに出現した、ゆうぜんとこちらを見おろす背丈の死神が、手にした大鎌を、機械的に――なんのためらいもなく、和泉の首めがけて振りおろす。
ぶおおおうん!!
と空気が悲鳴をあげた。
弧状の刃は、心のさけびに導かれてしゃがんだ和泉の頭上を、風をまとって横切る。
無造作に、袈裟斬りの型に打ちおろされた大鎌の切っ先が、近くの茨を数本刈り取った。
がつん。と金属の先端が石畳の路に突き刺さる。
花の落ちた薔薇が、とたんに茎や蔓を枯らした。
斬撃を受けた石畳が、溶けたように液状化して、きれいな四角の連続した模様だったところが、ケロイドの柄に変わる。
和泉は理解した。
少年の投げた絵はがきから飛びだしてきた、黒い死神。
それのはなった攻撃は、触れたものに絶対的な破滅をあたえる――。
少年の宣言したとおり。「必殺の一撃」なのだと。