23:うめぼしのおにぎり食べたい。
・前回のあらすじです。
『外のカフェでやすむことにした和泉たちに、ひとりの少女が声をかける』
「なんだ。クラリスか」
和泉は頭のうしろに組んでいた手をおろし、大きく息をついた。
「たいそうなごあいさつですわね」
声をかけてきた少女――【クララ・モリス・B・カリオストロ】は、ボブショートの金髪を「ふん」とはらって勝気な笑みを見せる。
「にしても和泉先生? こんなところにまで出張ですか? ご苦労なことです」
「……まあ。そんなところだな」
背中越しに和泉はカリオストロに返事した。
彼女は「席、そちらに移ってもよろしくて?」と、相席を申し出る。
和泉が答えるまでもなく、彼女――カリオストロは、みっつのおにぎりの載った皿とお茶を片手ずつに持って、テーブルを移動した。
和泉はカリオストロの服装をみる。
「やっぱおまえも【マント】はずしてるんだな」
「ええ。【学院】に置いてきましたわ」
「おもいきったことするなあ」
和泉は感心半分の声をあげて、カリオストロのために近くから椅子を引きずってきた。
「どうも」
と礼を言って、カリオストロがドレススカートをととのえて着席する。
この十代なかごろの少女――【カリオストロ】は、和泉が在籍する魔術の名門・【学院】の、高等部一年に所属する魔女である。
【学院】の生徒にも、教員たちに支給されるような、正装用の【法衣】と略装の【マント〉が配布され、それらには有害な魔力から身をまもる『加護』が付与されている。ただ色だけは教員らのそれとは異なり、『黒』ではなく『白』である。
カリオストロは、和泉のペットのクロに自己紹介し、自分のことを「クラリス」と、愛称で呼ぶようすすめた。
商家の出身ゆえなのか。かつては『爵位』もあった【貴族】家の令嬢なのだが――ちょっとした事情で没落した――彼女はほかの、やんごとなき身分の【魔術師】とはちがい、分けへだてがない。
和泉はカリオストロの持ってきた皿に、ものほしそうな目をやった。
「いいなー。ツナマヨ。オレにも一個くれよ」
「いやですわ。それより……」
のばした和泉の手から、「ひょい」とおにぎりの皿を遠ざけて、カリオストロは食べかけだったツナマヨにぎりをぱくぱくかじる。
「美術魔法は、われわれ『呪文型』の魔術師には管轄外にあたる分野では? それが、なぜいまさら、先生を研修に出したりしたのです?」
「いや、それが……。べつに学校の仕事じゃなくってさ。なんていうのかな。オレの――知的好奇心?」
「…………そういうものなのですか?」
釈然としないようすで、カリオストロは脚を組んだ。ゴスロリ調のスカートのすそが、彼女の動きにあわせて、優雅になびく。
和泉はカリオストロに、この学校でおこなわれているといううわさの【悪魔崇拝】について、訊こうかとまよった。
カリオストロの実力のほどはわからないが、『編入試験』を受けて、魔術教育・研究の総本山たる【学院】に、転校してきた魔術師なのだ。
【悪魔】という存在についての知識はあるだろうし、それへの狂信――ひいては「召喚」に対して、相応の危険意識は持っているはず。
(つっても、「知らない」って言われたらそれまでだしな。オレも確信があって来てるわけじゃないし)
ここであっさり否定されたら、モチベーションが一気になくなりそうだ。それに、「会ってすぐに切り出す内容でもなかろう」と、この場では保留にして、和泉はカリオストロに、あたりさわりのない話題を振った。
「クラリスは、どうしてここの学園祭に来たんだ。たまたまか?」
「実家が【フィレンツォーネ】の近くっていうのもありますけど。兄のフレッドが【プリンピンキア】の学生なのです。それで、招待券をいただいたので、せっかくだからおまねきにあずかろうかと」
「招待券? 入場は、だって自由だろ?」
「五千円分の『金券』がついてきますの。――あら。なんですか和泉先生。そのものほしそうな顔は。あげませんよ」
説明のためにみせた小さいチケットの五十枚つづり(何枚かは既に使ってなくなっていた)を、カリオストロはまばたきひとつせずに見すえる男のサングラスのまえから、さっと上によけた。
和泉は「ぐぬぬ……」とテーブルで両の拳をわななかせながら。
「くっそー。金ってのは持ってるやつのところにトコトンあるものなんだな。なあ。じゃあクラリス。オレといっしょに学園祭みてまわろーぜ。で、行く先々の店でおごってくれ」
「残念ですが、わたくしはあなたとごいっしょするほど、あなたに興味はありません。それに、男の人と歩いているところを兄にみられたら……和泉先生。いくらあなたが腕利きの魔術師でも、ひき肉になるのは避けられない未来でしょうね」
「う……」
カリオストロに四人の兄がいることは、和泉も知っていた。
聞いたはなしによると、彼らは末の妹であるクラリスを、そろいもそろって溺愛しているらしい。
フレッドとやらが何番目の兄なのかは知らないが、わざわざ自分から逆鱗に触れにいくようなまねはしたくない。ひき肉になるのは嫌だ。
「うう……。でも、できればオレ、なるべく出費はおさえたいんだ。ここに来る直前に、違反切符きられてさ……。五万円、【自衛団】に取られちまったんだよ」
「あーあ。学校が近い空域って、ふつうは『飛行可能』だから、おなじようにうっかりしてて罰金とられている人が何人かいましたわ」
同情的に言って、円卓にほおづえをつくカリオストロのそばに、メイド喫茶の女給仕がやってくる。
校庭の石畳にひろげた客席に、チキンカレーと、緑茶のはいったグラスをのせたトレイを片手に持って、ツインテールの少女が和泉たちに声をかけた。
「チキンカレーをご注文のお客さまー」
「はーい。ボクです!」
げんきよく返事をして、クロは自分の手前にカレーがくるのを手伝った。
カリオストロが、去ろうとする女給仕――モカブラウンの髪を頭のうえのほうでふたつにくくった少女に、思いついたように声をかける。
「レオナさん。ちょっと。――和泉先生。わたくしも、ただであなたにお金を差しあげるのは主義に反しますので。このかたのたのみを聞いてもらうということで」
和泉がカリオストロの言葉をぼんやりと聞いているあいだに、メイド服の少女が彼らのほうを振りむく。
銀色の盆を胸もとにあてて、彼女はきょとんと、灰色の眼をしばたいた。
どうやら彼女。カリオストロとは知り合いらしい。