21:美術魔法(びじゅつまほう)
・前回のあらすじです。
『和泉とクロが、おまつりの会場にはいる』
「すみませーん」
と和泉は青年に声をかけた。
黄色いキャップのしたのあぶらっこい黒髪の奥から、ちらっと東洋人らしい黒目がにらみあげる。
「注文はそっち。おれは口実ていどに番してるだけ」
黒髪の青年は、生地をながしこんだタイの型のむこうで作業をする男を指さした。
じゅうじゅう。
屋台の鉄板でタイ焼きをつくりながら、金髪の男が和泉に笑いかける。
「無愛想やめろおフェルマー。――ごめんねきみ。交代制なんだよ。ほかのメンバーは、休憩で校内まわっててさ」
「へえー」
この世界【裏】の本格的な移住期(西洋史における『中世』にあたる)に、こちらへ逃げこんできた【魔術師】のあいだで取りかわされた盟約により、【裏】ではすべての土地において、『日本語』が公用語としてつかわれる。
最初期には、日本語を学ぶのに書き取りや聴き取りなどの地みちな訓練がおこなわれたが、現在は【表】と【裏】を区分し、へだてる巨大な『結界』に、翻訳の紋が刻まれており、公用語のみ、転移の際につかいこなせるよう言語野への干渉がおこなわれていた。
ただし、漢字の読み書きについてはそのかぎりではない。
さきほど屋台のなかからひょっこりはなしかけてきたハンサムで背の高い男は、すっきりと刈りこんだ金髪に、ヘイゼル色の瞳、高い鼻と、いかにも西洋人の風貌だが、あつかった日本語に、他国にあるようななまりはない。
黒髪の男――『フェルマー』が、三脚几にすわったまま、のっそりとあらためて和泉の顔をのぞきこんだ。
さっきフェルマーが描いて、スケッチブックから具現化させた六羽の【すずめ】が、すわりこんだ彼の肩やひざのうえに停まっている。
「おたくは、なにその髪。染めてるの?」
「いや、これは。…………あ。いえ。そうです」
和泉は青年にうそをついた。
和泉の白髪は、子どものころに起こった魔術の事故の後遺症だったが、強力な魔法というのものは、えてして音声の型に属する技術である。
【美術系の魔法】が、どれほどの威力を出せるのか。どういうタイプの魔術なのかがわからないあいだは、あまり『音系』の魔術師であることをほのめかすようなことは言えなかった。
「ふうん。だっさ」
(ほっとけ!!!)
フェルマーの感想にぴくぴく頬を引きつらせつつ、和泉はこころのなかで絶叫した。
気を取りなおして訊く。
「それより、その魔法はなんなんですか? その――すずめたちを出したやつ。あと――」
「学校のいりぐちに飛びまわってるやつね」
「はい。そうです」
晴れた空のしたをきらきら浮遊する光の珠を指さす男に、和泉はうなずいた。
フェルマーは自分の持っている『スケッチブック』と、つかっていた『カラーペン』をかかげる。どちらも、そのへんの雑貨屋で売っていそうな、特筆すべき点を持たない文房具である。
「こっちは【具象紙】。で、こっちが【点睛筆】って言って、どっちも魔術系の画材屋にいけば売ってる。値段はかなりおたかめだけどな」
「じゃあ、【魔法道具】?」
マジックアイテム――【魔鉱石】を用いた道具は、えてして高い。材料となる鉱物自体が入手できる場所がかぎられており、流通において数量的な制限が掛かってしまうからだ。
フェルマーは「そう」とペンを一本、指で器用にまわした。
「よそで出た魔鉱石の端材や、つかい終わって塵になったりしたのをあつめて、特殊な薬液にひたして加工する。職人によって、その薬液だったり魔鉱石の粉の比率が変わったりするんだよ。良いものはえがいたものが具現化しやすいし、出てきた『絵』が多芸になる。もっとも、プロの画工のなかには、絵にあわせて毎回自分で調合して絵の具をつくる人もいる。この【具象紙】も、もちろんしたごしらえしたうえで、描くって人もいるみたいだけどな」
「かなり手間かかってるんですね。その――具象紙ってのに、点睛筆で描いたら、なんでも出てくるんですか?」
「いや。さすがにそこは術師の技量しだいかな。魔力が高ければ、実際にみたことのないものだってリアライズできるけど。……しっかし、そんなこと訊くなんて。あんたしろうとだな。中卒?」
【学院】の教授だわいっ。
と反論したくなったが、和泉はこらえた。
フェルマーの言葉がつづく。
「それとも……まさか。音系の高校生とか?」
ぎら。とキャップのひさしのしたで、黒い双眸が殺気を帯びる。
和泉はとっさに「いえっ。まさか」とごまかした。
フェルマーはにこりとして、三脚にまえのめりになっていた身体をもどす。
「だよね。やつらってば『衒学主義』っていうの? なにかと理論だの方程式だの知識ひけらかしてさー。感覚的じゃないんだよね。あとなに? 楽器ひけるのがそんなにえらいのかな。リコーダーとハーモニカができたらじゅうぶんじゃない? ね。そう思わない?」
「あー。それは……。まあ……」
和泉はこれも、明言を避けた。
子どものころに、師匠に「絶対音感なんて慣れだ慣れ!」とたたきこまれ。発声を鍛えられ。泣きながら暗譜し、アコーディオンで【魔術】の下地をかためてきた身としては、うそでも青年の言に「うん」とこたえることはできない。