19:妖精(ようせい)
・前回のあらすじです。
『和泉とクロが【フィレンツォーネ】の町につく』
〇
フィレンツォーネの町は、ひとことで言えば「ややこしい」つくりの街並みだった。
メインストリートにはいった瞬間から、天空を縦横にわたる橋が目についた。
建物や広場からのびた大・中・小の階段をのぼって、それらの架け橋を住民や野良の動物、商売人などが往来する。
旅行客用のホテルは、和泉たちがはいった北西門からかなり奥まったところにあった。
フィレンツォーネの、人工的に段々(だんだん)にした街の形状を、「ウエディング・ケーキ」とたとえたなら、和泉たちが取った宿は、その中間あたり。
三層目の【パブロ・ディエゴ・以下略・通り】というところにあった。
宿をさがしているときに、小路をきょろきょろしつつ「なんだよ。……『以下略・通り』って」と通りの名前に和泉が首をかしげたのは、なんらおかしなことではない。
ほかの通行人のなかにも、ストリートの名前にくすくす笑うものはいたし、団体のツアー客らしきひとびとが、旗を持ったガイドさんの説明を聞いて、「うーむ」とうなるすがたもあった。
宿に荷物を置いた和泉は、のこり『二円』になった財布と使い魔のクロとともに、【プリンピンキア美術魔法学校】に行くことにした。
ロビーのホテルマンにたずねて、町の『観光マップ』をもらい、赤ペンでしるしをいれてもらいながら、銀行と学校へのわかりやすい案内を受けた。
また「そちらの法衣は、はずして行かれたほうがいいですよ」と注意ももらった。
和泉のつけている【黒い法衣】は、美術魔法学校いわく『音系』の魔術師の総本山・【学院】の制服で、ホテルマンの告げるところによれば、『画工系』の魔術師は、音系の魔術師に対してつよい反発心を持っている――とのこと。
和泉も、いたずらにあいての反感を買いたくはない。
だが魔法に対する耐性を持つ法衣を、見ず知らずの土地で手のとどかないところに置いておくのは抵抗があった。
なので、あたかも「秋もののコートを持っているだけ~」のごとく腕にひっかけて、有事の際にはいつでも装備できるよう、そなえておくことにした。
〇
「マスター。きっとあそこだよね」
『住宅街』と『特別学区』――ここにフィレンツォーネの学校や寮が集中している――のさかい目にあたる陸橋をわたると、円形の広場に、ひらひら光るものが飛んでいた。
赤や、黄色や、緑の幻想的な燐光をまとって飛ぶそれらは、さらにむこうにある宮殿めいた建物からきらびやかに舞い、空に打ちあげられた色とりどりの花火とあいまって、はいるまえからあらゆる観光客をおまつり気分にしてくれる。
「魔鉱石の破片とかじゃないよな。ん?」
すぐ目の横をとおりすぎた光を、和泉は思わず二度見した。
オレンジの輝きのなかに、とんぼの翅をはやした、ちいさなかわいい女の子のすがたがあったのだ。
「よ……っ。妖精!?」
和泉は小人サイズの、その光の少女をつかまえようと手をのばした。
が、指さきはするりと少女の身体をすりぬけて、空中をひっかくに終わる。
妖精らしき少女が、和泉の無作法に気をわるくしたらしく、振りむいて「べーっ!」と舌を出した。
そして彼女は、ふっと消える。
「どうなってんだ……」
あんぐりと和泉はくちをあけた。クロもまた、和泉のそばで小人サイズのおじいさんをおっかけまわしている。
おじいさんは、必死によちよち逃げている。
(妖精って……目にみえないんじゃなかったのか?)
あぜんとする和泉のそばを、ツアー客が通りすぎていった。
中高年ほどの男女の一団が、わかい女性ガイドさんの誘導にならって、のんびりと【プリンピンキア美術魔法学校】のキャンパスに行進していく。