18:音系(おとけい)
・前回のあらすじです。
『和泉が【自衛団員】に【50000円】はらう』
「権力とは……。もろいものだな」
「そりゃー持ってる人がしょぼいからねー」
しれっ。とかえした使い魔の少年――【クロ】に、和泉は「んだとごるああああ!!」とつかみかかった。
十才ほどの男の子の顔を、両手でわしづかみにする。クロのくちが、タコみたいなかたちになるように、ぐいぐい絞めあげる。
「いたいっ。いたいよーっ。マスタあ~!」
「おまえがなまいき言うからだろ」
「えーん。えーん」
和泉に解放してもらったものの、両目に手をあててクロは泣いた。
和泉は顔をあげる。
ふたりは町のいりぐちに立っていた。【フィレンツォーネ】の『北西門』である。
自衛団員に罰則のおかねをしはらったあと、馬車での移動に切り換えて、ふたりは旅行をつづけたのだった。
かかった時間は、空での移動よりすこしおそいくらい。
【魔法の関所】(地域間をワープする魔術が仕込まれた特殊な施設。設置と維持に費用が掛かるため、多くの関所は『ふつう』のものである)を通る路線をつかったので、予定より一時間ほどおくれての到着となった。
「十二時すぎか。……ひるめしどうする?」
腕時計をみて、和泉はクロに訊いた。クロは泣きやんで提案する。
「おまつりのとこで食べよーよ。あっ。そういえば『学園祭』って、どこのガッコでやってるの?」
「【プリンピンキア美術魔法学校】だな」
事前に「ほいっ」とノワールにわたされていたパンフレットを、ズボンの尻ポケットから取り出して、和泉はにがにがしく笑った。
ピンク色のプリンをキャラクター化したマスコットが、かわいい笑顔でのたまっている『注意書き』に、不穏な予感がしたのだ。
『※注意。
【音系】の魔術師のかたは、入場しないことをおすすめします。
命が惜しければ。ふふふ……』
「って。なんじゃこりゃ?」
この世界の【魔術師】は、一般的に【呪文】を媒体にして【魔術】をはなつ。
未熟なうちや、あたらしい魔法の試験の際には、補助として【魔法陣】を用いるが、じゅうぶんに術者が魔法をつかえるようになった時点で、魔法陣は不要になる。
この【魔法陣】とは、もとは『音階』であったものを、『ルーン文字』をつかった理論に書きかえたものである。そのため『楽譜』ともよばれている。
魔術師が、魔法をまんぞくに――呪文だけで――発動できるようになるというのは、『音の波』と『理論』を、全身にたたきこんだ状態のことを意味した。
なのでこの世界での魔術教育は、基本的にスコアをあたまと身体になじませるために、楽器や声をつかった『音楽』の演習を、カリキュラムに組み込んでいる。
そうでない学校もあるにはあるのだが、基盤の強化を無視したとき、『呪文型』の魔術は、中級や上級の技の習得が段ちがいにむずかしくなる。
和泉がふだん使用し、かつ熟知している【魔術】のたいはんが、この『音系』とパンフレットに書いてある魔術である。
逆にそれ以外の魔術については、【魔鉱石】という特殊な石や、【魔術付与】をほどこした【魔法道具】をつかう以外、よく知らない。
(音系って……。呪文をつかう魔術のことだよな? それを敵視してるってことは……【美術系魔術】って、じゃあ。どうやって魔法発動させてるんだよ)
よもやみんながみんな、『無詠唱』で魔法がつかえるわけでもあるまい。
「マスター。はやくー!」
「ああ……。とりあえず荷物おいてから見に行こうか」
和泉は考えるのをやめた。
魔法の絨毯を巻いてくくりつけたトランクをかかえて、かってにさきに行っていたクロに向かってあるいていく。