17:罰金(ばっきん)
・前回のあらすじです。
『【魔法の絨毯】で空を飛んでいた和泉たちを、【自衛団員】が呼びとめる』
「げっ。なっ。なんですか……っ?」
黄色いサングラスの奥で目をまるくして、和泉は【自衛団員】たちに両手をあげた。
自分は「なにもやましいことはしていない」というアピールだが、【浮遊魔術】で上昇してきたふたりの表情をみるかぎり、効果はない。
「ここは『飛行禁止区域』です。降りてきなさい」
「えっ……」
似たような原っぱがつづくもので、和泉は土地をまたいだことに気づいていなかった。関所は、もちろん【絨毯】のしたをくぐりぬけていたのだが、和泉の義眼は調光の不じゅうぶんのために、遠くのものはあまり正確にはとらえられない……。
というのは言いわけで。絨毯の初飛行――それも、いつもの飛行より百倍は負荷がかるくて快適な飛びごこちに、注意力をなくしていたというのがほんとうである。
「『飛行法違反』。罰金五万円ね。まったく。どこの学生なんだか……。身分証出して」
自衛団員の男――みせてきた団員手帳には『狭山 警伍』と書かれている――に誘導されて、絨毯ごと草原に降りたつ。
ちかくの関所に連行されて、かんたんな尋問を受けた。
和泉のまとっている【黒い法衣】をつまんで、もうひとりの団員――わかい、二十代後半ほどの女――こちらの手帳には『リサ・ハイランド』とある――が、厳格なちょうしで言う。
「【学院】の先生ですか? それにしてはわかすぎるような」
「んー。なんかのまちがいじゃないかハイランド? こんなどこの古着屋にでもあるような上着……」
「あー。えーっと」
言葉こそあいまいだったが、和泉は女性団員ハイランドの指摘に、「たすかった」という気持ちだった。
なぜなら和泉の右手には、【ソロモンの指環】がある。
この金属のかたまりは、くどいようだが魔術的には役立たずだが、『魔術の世界』たる【裏】では【学院】をはじめ、あらゆる場面での『優遇』をもたらす――。
ここぞとばかりに、和泉はふたりの団員に【ソロモンの指環】をみせた。みせびらかした。
「そう。そうですっ。オレ、【学院】で教授をやってます。『和泉』っていいます。これ、身分証明書――に、なりますかね」
「ほんものならね」
失敬。
と尊大な態度でことわって、五十代ほどの男性団員・狭山は、和泉の中指から指環をぬきとった。
団員に支給される、【魔術精度向上】をもたらす【杖】をベルトのホルダーからぬいて、野太い声で呪文を唱える。
「目をあかす、泉の啓示」
【分析魔術】の黄色い光が、杖のさきから飛んでいき、男のぶあつい手のひらにのせたリングを打つ。
光はグリッド線のようになって、縦横に指環のちいさな全身を駆けめぐった。
ホログラフめいた光の板が、指環のうえに出現する。
半透明の矩形の盤上に、真実の持ちぬしの情報が、ひと文字ずつ、フデで書きだされるように列記されていく。
『名前』。
『年齢』。
『出身地』。
『性別』。
『職業』。
この物品を手にいれた、かんたんな『経緯』――。
「ふむ……」
狭山は読みあげたプロフィールにまんぞくしたようで、和泉に指環をかえした。
「これは失礼。ほんとうに【学院】の先生らしい」
「はは……。どうも」
指環から表示された『個人情報』に、和泉はどぎまぎしながら返却してもらった。
中指につけなおす。
実は【ソロモンの指環】をもらって以来、『分析』の魔術をかけたことはいちどもない。
だから、もし「ちがう人の情報が出てきたら」と、内心気が気じゃなかった。
(でも。これでオレが【指環持ち】ってのは証明されたわけだ)
和泉はぐっとちいさくガッツポーズした。
ソロモンの指環を持つ【魔術師】を、【学院】ではもっぱら【指環持ち】とよんでいる。
【指環持ち】は、いわゆる学内において『特権階級』で、多少の校則違反や、そのほかの違法行為を看過してもらうことができる。
そのちからは【学院】だけにとどまらず、学外においてもおよぶものなのだと、和泉は最近になって知った。
(つまり。飛行違反だって、指環持ちのオレなら無罪放免ってわけだ――)
わるくて「厳重注意」ていどだろうと、和泉はたかをくくっていた。
くくく。と邪悪な笑みが浮かぶ。
「それじゃあ、」
狭山団員が言った。和泉にむかって、かるく手のひらをうえにして。
「罰金五万円ね。とりあえず出してくれるかな」
ん。
と、あたりまえのように――あたりまえなのだが――つよく和泉のまえに、手が突き出される。
「……。はい……」
がっくりうなだれて、和泉は言われたとおりの金額を財布からつまんで出した。狭山団員に手わたす。
(『第1幕:使い魔のたのみ』おわり)
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