1:異界の王
地下はつめたく、暗黒がただよっていた。
ぼう、と灯った火は青く、『人工照明』のような明白なまばゆさはない。
ゆらゆらと。たゆたう炎色反応の輝きが、彼らの『偶像』をほのかに照らす。
「ついにこの時がきた」
声は男のものだった。
二十代……。いや、もっと年少の――若い声。
誰からそれが発されたのかはわからない。
鬼火のようにゆらめく篝火の内側に、車座になって集ういくつもの影。
全員黒ずくめに、あたまから首までを頭巾ですぽりとおおっている。
それらのシルエットは、暗闇に集合したがゆえに、輪郭と背景の境界線をあいまいにして、もとより『人』と認識しがたいゆったりとしたかたちを、よりあやしげな、大きな、ひとつの生命体のように見せていた。
「準備のほうはどうなっている」
ふたたび、さきほどの声が鳴った。
影の集合体はしかし、外観的にはぴくりとも動かない。
くちもとは頭巾にかくれ、かろうじて確認できる『顔』らしきものは、目にあたる部分に穿たれた『一対の穴』のみ。
「ぬかりなく」
女の声が応えた。
大仰な語調だが、十代ほどの幼さをふくんでいる。
「では、予定通りに」
べつの声が言って、それから影たちは、いままでの停止が雌伏の時でしかなかったというように胎動した。
「いまこそ……われらの神を……」
「【異界の王】……――さまを。……」
くくく。
という笑い声。
かさなる黒ずくめたちの笑声に、ともしびさえ喜悦したように揺らめきを大きくする。
火の粉が舞った。
雪片のように淡く輝く熱のかたまりに、巨大な彼らの神像が一瞬浮かぶ。
それはここ――。
【裏】と呼ばれる世界において、最大の禁忌。
【悪魔】を象った石像だった。