契約その99 元Vライバーとのcollaboration!
メイと実柑の二人は、そのまま瀬楠家へ戻ってきた。
「ただいま」
二人はジェット機から降り立ち、そう言った。
「メイ!よかった。無事に帰って来れたんだな」
再会を喜ぶヒマもなく、みんなはコラボ内容をどうするのかを決めた。
ユニは言う。
「まずは謝る事だ。迷惑かけてごめんなさいってな。メイは『北上かしす』にヘイトが向かない様にフォローして欲しい」
「わかった」
メイが了解する。
「よし。そして開始十分前ぐらいにSNSで告知を行おう。ルアとアゲハ、藤香、どれみはそれをリポストして欲しい。影響力のある人が反応すれば、それだけ注目度が上がるからな。おれ達も微力だけど協力するから」
四人は大きく頷いた。
これで全ての準備が整った。
開始十分前を目処に、「幻夢めいと公式アカウント」にて「復帰記念ゲリラ配信」の告知を行った。
それをすかさずリポストする四人。ユニ達もそれに続いた。
効果はてきめんであった。「幻夢めいと」の二週間ぶりの配信という話題性も大きい。
それに「ルア」のリポストという強力な「証拠」も得られた。
すでに百万Rを超え、トレンド一位になったのであった。
「よし、第一段階は完了だ。絶対しくじるなよ!?みんながみんな、自分の役割を果たすんだ!」
ユニがみんなを激励する。
その時、メイのスマホに電話が入る。事務所からだ。
実柑と最終調整をしていたメイは、その着信に反応する。
「この忙しい時に……」
メイは少し毒づきながらも、落ち着いて携帯を取った。
実柑にも聞こえる様に、スピーカーをONにする。
「もしもし?」
メイは恐る恐る言った。
「幻夢めいと!これは一体、どういう事だ?」
マネージャーだ。電話越しからも怒りを感じる。このゲリラ配信が、事務所に断りを入れてないものだからだろう。
そもそもメイは事務所から「何もするな」と言われているからである。
「お前まさか……」
「そのまさかです。マネージャー」
実柑が電話を代わる。
「まさか……『北上かしす』か?今までどこに……!」
「マネージャー、あなたの推測通り、私は今回のゲリラ配信に参加します。大丈夫。絶対に事務所に損はさせません」
「しかし……」
「本当です……!」
キッパリという実柑。
「……わかったよ。『北上かしす』の信頼が取り戻せるなら事務所としてもそれに越した事はないからな」
それを聞いた二人はわあっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
これで何の憂いもなく配信ができる。
間もなく時間になる。
「三、ニ、一……」
二人はVライバーモードに入る。
「みんなー!わざわざぼくのゲリラ配信に来てくれてどうもありがとうー!」
配信が始まった。
今回の「幻夢めいと」の衣装はブカブカのオーバーサイズのパーカーになっている。黄色を基調としたデザインが眩しい。
「この配信はアーカイブを残すから、遅れた人も!もう一度見たい人も!ぜひ見ててってくれたまえ!」
かなり同接も多い。すでに五万人を超えている。これはユニの嬉しい想定外だった。
「さあ早速!スペシャルゲストをお呼びするよ!ぼくの親友、『北上かしす』さんだ!インザハウス!」
「北上かしす」の登場で、一気に同接者が減る。これはユニの悲しい想定内だった。
「皆さん。『北上かしす』です。先日はご迷惑をおかけしました。ここに謝罪します。ごめんなさい」
「どのツラ下げて来たんだ」
当然、そんな心ないコメントは届く。
「―――でも」
かしすは、毅然とこう言い放った。
「私は戦います。誹謗中傷と」
これを受けて、「幻夢めいと」が続ける。
「……何でですか?有名人だから、何で耐えなくちゃならないんですか?ぼく達は人間です。当然傷つくし、腹も立つ」
「幻夢めいと」は、うつむき気味だった顔を上げ、こう言った。
「……でも、たとえ傷ついても、『北上かしす』は『戦う』と言ってくれました。そんな彼女を、誰が傷つけられますか?」
神妙な雰囲気になる配信。いつの間にか誹謗中傷もなくなった。
「だから、これからも、応援よろしくお願いします」
「北上かしす」が締めた。
「……さあ!しんみりムードは終わりっ!次は『めいととかしすの歌ってみた!』始めちゃうよ!」
多くの人にとって、ここからがメインである。
復活記念の「うたってみた」に、多くのファンが熱狂したのだった。
それから一週間後。
「北上かしす」はVライバー続行を決めた。しかし、それでもまだ誹謗中傷は止まっていない。
それは一生続くものなのかも知れない。
「でも、私は戦う。Vライバーとして、『北上かしす』として」
そうして今も頑張っている様で、だんだんチャンネル登録者数も増えている様だ。
だがメイは、事務所の約束を破ったという事になった。
どんな処分も覚悟していたメイだったが、事務所も手を焼いていた「北上かしす」への誹謗中傷を激減させた事もあり、罰則はなしという事になったのであった。
結果的に、二人にとっていい結果になったのである。
それから数日後、メイはいつもの配信を終え、リビングへ降りて来た。
時刻はすでに正午を過ぎていた。
ダイニングでは、ユニがインスタントラーメンを食べていた。
今日は由理が用事でいないからである。
「あ。ユニ」
「お。メイか。キミの分のラーメンもあるぞ」
ユニは醤油のパッケージを差し出した。
「いや、今日はみその気分だから」
メイはそれを断ると、戸棚からみそのパッケージを取り出した。
それを水に入れ、沸騰した所を箸でほぐして丼に入れた。
ラーメンができると、メイはユニの隣に座り、ちゃんと「いただきます」と言った後にラーメンをすすり出した。
なぜかラーメンを食べる時には無口になる。部屋には、ただ二人のラーメンをすする音が響き渡っていた。
ユニが先に食べ終わり、丼をキッチンへ持って行こうとする。
チャンスは今しかなかった。
「ありがとう」
ユニの背中に、メイがそう伝える。
「ぼく達の為に協力してくれて。あなただけじゃない。みんな、ぼく達の為に協力してくれた。何の利益もないのに」
「メイ、一つだけ覚えておいてくれ」
ユニが言う。
「?」
「愛っていうのは見返りを求めるものじゃない。キミだって、『北上かしす』に見返りを求めたか?」
それを聞いたメイはハッとする。
「……それは、確かにそうだけど」
でもそれはそれとして、何か恩は返さないといけないとメイは思った。
メイはユニにそっと抱きつくと、ユニの唇に自分の唇を静かに重ねて……。
「メイ……」
「これがぼくの恩返しだよ。これからもよろしくね」
メイは高速で食べ終わると、そそくさと自室へと戻っていった。
まるで恥ずかしさを誤魔化す様に。
「うわあああ!やっちゃったぁ〜!」
赤面しながら、慌てて戻っていくメイ。
キスはレモンの味と言われる事がある。しかしメイにとって、今のキスは醤油とみその味がしたのだった。
悪魔との契約条項 第九十九条
人間には、理不尽と戦う強靭な精神力が備わっている。
読んで下さりありがとうございます。
いいね、感想などをよろしくお願い致します。




