契約その98 Seaはただ、それを愛する者を見守っている……!
翌日、みんなでリビングに集まり作戦会議を開いた。
「みんなが協力してくれるのはいいけど、下手な事すると火に油を注ぐ事になるな。慎重にならないと」
ユニが言う。
「やっぱり、本人を出演させないといけないよな。自分が出てきてこないと『後輩に火消しさせた』ってまた炎上する」
続けてのユニの発言に、彼女達は黙ってしまった。
「北上かしす」は、二週間前の引退発言以来連絡が取れない状況が続いていた。コンタクトを取るのは至難の業である。
「どこにいるのか、そのアテもないんでしょ?一体どうすれば……」
ルアが言いかけたその時、萌絵が自分のパソコンを取り出して言った。
「アテがないのなら探せばいいんです。『北上かしす』さんの特徴を拙者のオタクコミュニティで流し、似た人物の目撃情報があれば……」
「そうか!それなら……」
ユニもハッとする。
萌絵のオタク趣味は非常に広い。全国数百万人の様々なジャンルのオタクとネット上で繋がっている。
確かにその情報網を使えば、もしかしたら見つけられるかも知れない。
「しかし、一つ問題があります」
萌絵が人差し指を立てつつ言う。
「問題?」
メイが聞き返す。
「はい。それは『北上かしす』を誹謗中傷した者の一部が、そのコミュニティの中にもいる可能性が高いという事です」
要するに、そういう奴らがいるコミュニティの力を借りるのは、メイの感情的にはどうなのかという話である。
「拙者もそういう発言をする者をブロックしたりして対策しているのですが、それらを全部シャットアウトするのは中々……」
申し訳ないと頭を下げる萌絵。
それを見て、メイは覚悟を決めた。
「わかった。彼らの力を借りよう。せっかく力になってくれるんだもん」
ありがとうございますと、萌絵はまた頭を下げた。
とにかく、萌絵はメイの証言に従い「北上かしす」もとい「北野実柑」の特徴をパソコンに打ち込み、探し人としてコミュニティ内に送信した。
「これは今すぐに結果が得られるというわけではありません。最低でも数時間はかかるでしょうね」
送信した後で、萌絵が言った。
「『北上かしす』はそれで見つけるとして、企画の準備をしとかないとな。事務所にはどう説明するんだ?」
ユニが聞く。
「いや、事務所には報告しない。むしろこの件に関しては何もするなって言われてるから」
メイが言う。覚悟は本物の様だ。
「一応言っておくけど、芸能界っていうのは信用仕事よ。事務所に逆らったらそういう人間だって業界から認知されてしまうかも知れない」
ルアが指摘する。しかし、メイはそれも覚悟の上の様だ。
その時である。
「みんな!有力な情報がみつかりましたよ!」
萌絵が叫ぶ。
「本当か!」
萌絵の元に駆けつける彼女達。
「はい。場所は宮城の……」
「そこそこ遠いな。電車で行ってもその時にはもう……」
萌絵から場所を聞いたユニが呟く。
「それならわたくしの自家用ジェットで行きましょう。宮城までなら十数分で行けます」
どれみが名乗りを上げた。
「それはありがたいけど、いくら何でもそんな簡単に用意はできないでしょ」
メイが言う。
「いえ、大丈夫です。だってもう来てますから」
次の瞬間、バババババ!という大きな音が聞こえてきた。
部屋の窓を見ると、巨大な羽が見える。
本当に自家用ジェットを呼んだのだ。
「先程萌絵さんがコミュニティに呼びかけた時点で必要になると思い、呼んでいましたわ」
さすがだ。準備が早い。
「じゃあ早速……」
「待って!」
ジェットに乗ろうとするユニを、メイは止めた。
「ぼくが一人で行くべきだと思う。みんなは準備を進めておいて欲しい」
そのメイの意思を、みんなは尊重する事にした。
「よし、行ってこい!」
ユニはメイの背中を押した。
「うん。ありがとうみんな!」
メイを乗せた自家用ジェットは、けたたましい音を立てながら去って行ったのだった。
「衣装デザインは僕がやろう。どんな企画にも対応できるものを作ってみせる」
藤香が言った。
「じゃあ私は祈祷を!私がやる祈祷はシャレにならない効果があるって言うし!」
ミズキも名乗りを上げた。
残された彼女達も、自分達の仕事を全うするのだった。
一方、メイを乗せた自家用ジェットは、宮城のとある漁港近くに降り立った。
ほんの数分前に、よく似た特徴を持った女性がこの辺にいたという目撃情報があったのである。
メイは宮城の地に降り立つと、今度は徒歩で探す事にする。
それらしき人物は、割とすぐ見つかった。
港の海岸線に、女性が物憂げに立ち尽くしていた。
その姿を見つけたメイは、全速力で駆け寄って言った。
「『かしす』……いや実柑さん!」
「ここさ、私の故郷なんだ。イヤな事があるといつもここに来てた。海が慰めてくれる様な気がして」
実柑は海の方を見つめながら言った。
「そう……ですか……」
メイもまたその海を見つめる。
いつの間にか日が傾き、夕陽が海を眩しく照らしていた。
「どうやって私の居場所を特定したのかわからないけど、何で私に会おうとしたの?」
海を見つめながら、実柑が聞いた。
「コラボのお誘いです。Vライバーに戻れなんて言いません。でも、ファンの皆さんに、ちゃんと事情を説明しましょう」
「ファンって何?」
突然声を荒げる美柑に、メイはビクッとして驚く。
「私を侮辱する奴の事?いや私だけじゃない。家族の事、故郷の事、そしてあなたの事まで侮辱した奴らの事!?」
実柑は初めて海から目を離し、メイの方を見ながらそう言った。その顔は憎悪で歪んでいた。
「いいえ。このぼくにです。『幻夢めいと』ではなく、あなたのいちファンである『高橋芽生』にです」
勿論他のファンにもですがとメイは付け加えた。
「……」
実柑は黙ってしまった。再び目線を海の方に戻し、ただぼんやりと見つめている。
メイは続けた。
「ぼくのネットに強い友達が色々探してくれてたんです。SNS上のあなたへの応援のコメントを」
メイはその一部を読み上げる。
「色々大変だと思うけど大丈夫?」
「今はゆっくり休んで、また元気な声を聞かせて下さい」
「あなたにはみんながついています」
「……」
変わらず海を、というよりただ一点を見つめている実柑。
「確かに、どこの世界にも心のない言葉を吐く輩はいます。でも、それでも、あなたを心配してくれる人はいるんです」
「だから、その人達の為にも、一回だけでもいいから、戻ってきて下さいませんか?」
実は色々口説き文句を考えていたメイだったが、最終的にはアドリブで伝えた。しかしそれが響いたかどうかはわからない。
「……」
しばらく二人の間で長い沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、実柑だった。
「一回だけ……一回だけ、頑張ってみようと思う」
それを聞いたメイは笑顔をこぼす。
「では、今すぐぼくの家に戻りましょう!ぼくの友達がみんな待ってます!」
メイは実柑の腕を引っ張りながら言う。
「戻るってどうやって……」
「大丈夫!十数分で戻れます!」
メイは携帯で乗ってきた自家用ジェットを呼び出した。
程なくして自家用ジェットが二人の面前に現れた。
宮城の漁港に巨大ジェット機。そのあまりの不釣り合いさに、実柑は唖然とした。
「帰りもよろしくお願いします。さあ、行きますよ!」
行き同様にけたたましい音を立てながら、ジェット機は一路、瀬楠家へ戻るのだった。
悪魔との契約条項 第九十八条
悪人の狭量な心よりもずっと、海は広い。
読んで下さりありがとうございます。
いいね、感想などをよろしくお願い致します。




