契約その8 ユニのtactics!
七海がユニの手を取った、その次の話である。
「時に七海。何で徳川慶喜が『大政奉還』をやったか知ってるか?」
「え?」
いきなり突拍子もない話をされて面食らう七海。
徳川慶喜と大政奉還の事は学校の授業で習ったから知っていたが、その理由が何なのかについてはあまり考えた事はなかった。
「説明すると、時は幕末、薩長に討幕の密勅が下ったんだ。つまり慶喜と幕府を討てっていう天皇の命令だな。ここまではわかる?」
「うん」
七海は頷く。
「そこで慶喜は幕府の政権を朝廷に返上した。これが大政奉還だ」
「うん」
「つまり慶喜の狙いは、まだ政治体制が整っていない朝廷で、『徳川家の政権』を存続させる事と、幕府を倒そうって集まってる討幕派の出鼻をくじく事にあったわけだな」
徳川慶喜が大政奉還をした理由はわかった。だが肝心な事がわからない。
「それが一体、この件と何の関係があるの?」
七海の疑問はもっともである。いきなり日本史の話を持ち出されてもわからない。
「だからさ、それと似た事をやるんだ」
それというのは「大政奉還」の事である。
「まず、奴らの目的は『晴夢高校女子陸上部』の存続だ。そしてそのネームバリューを使って自分達の進学を有利にする事だな。だから……」
ユニはビシッと指を指して言う。
「『晴夢高校女子陸上部』を廃部にする!」
それを聞いた七海は、さらに面食らってしまった。
「何で!?どういう事!?廃部を阻止するって話じゃないの!?」
七海が叫ぶ。
「いやおれはそんな事一言も言ってないぞ。おれはただ『キミを幸せにする』って言っただけだ」
確かにそうだった。ユニは説明を続ける。
「このまま存続させたって、どうせまたアイツらの食い物にされるのがオチだ。だったらいっそ廃部にしてしまえばいい。そうすれば、アイツらの目的も果たせなくなるわけだしな」
七海は目を丸くする。ユニはさらに説明を続けた。
「そしてその上で、新しい部活を設立する。その名も『晴夢高校女子総合陸上部』だ!」
一度廃部にした部活の名前は使えない事になっている。中身は同じでも、名前は変える必要があるわけだ。
「つまり、クーデターを起こすって事?」
七海が聞く。
「そういう事」
ユニは人差し指を立てる。
「組織を廃する事で相手の目的を奪い、その上で組織を実質的に存続させる。まさに慶喜がやった大政奉還だろ」
ユニがやらんとしている事は理解した。しかし、結果以前に解決するべき問題が二つあるのである。
「廃部にするのはともかく、設立するには三人の正規入部者を集めるか、二人の正規入部者と二人の体験入部者を集めなきゃいけないの。集められるかな」
晴夢高校には、短期的な入部を認める「体験入部制度」が存在する。
この制度を利用する事で、正規の部員ではない者が練習や試合に出る事ができる様になる。
ルーシーが様々な運動部を渡り歩いているのも、この制度を利用しているからである。
ルーシーを加えるとしても、他の部活との兼ね合いで正規入部者になる事ができない。
つまり創部が認められるにはあと一人必要なのである。
さらに仮に部員が集まり、設立となったとしても、それだけでは大会に出る事はできない。
団体の場合は最低五人が必要となる。設立が認められても、あと二人は必要なのである。
「わかった。対策を考えとく」
ユニが言った。
いつの間にか、ユニの家の前に来ていた様だ。二人は今日の所は別れる事にした。
「あのさユニ……」
別れ際、七海はユニの面と向かう。
「ありがとう。その……私の為に色々やってくれて」
その言葉に、ユニは笑顔になる。
「気にするな。キミはそのままでいい」
その後、七海と別れたユニは、夕食時に自分の計画をルーシーと由理に話した。
「成程なァ……よく考えたじゃねェか」
ルーシーはこの案を賞賛し、力になる事を約束した。
「ああ、ありがとう。でもこの計画を実行するには……」
「最低でもあと一人必要って事でしょ」
夕食のカレーを食べながら、由理が言う。
「そこなんだ。ルーシーが正規部員になれないからどうも……」
「ここにいるでしょ。一人」
由理が自分を指差して言った。自分が入るという事である。
「本当か!ありがとう」
しかしまだ問題がある。
「これで集めるべきはあと一人……って言いたい所だけど、由理はまだ中学生だから高校生の大会に出る事はできないんだよな。だから変わらずあと二人集めなくちゃいけない」
考えても仕方がなかった。
「とりあえず明日、入ってくれる人を募るしかないか……。大会に出るだけなら体験入部でもいいわけだし」
ユニはそう呟き、こうして夜は更けていくのだった。
翌日。早速クーデターが開始された。廃部にするには、生徒会や教師陣、PTAの同意が必要となる。
やはり「女子陸上部」の惨状は問題になっていたらしく、廃部はその日の内に決まり、同時に「女子総合陸上部」の設立が認められた。
部員は正規部員が七海と由理、体験入部がユニとルーシーとなった。
「おれ別に正規でもいいけどな」
ユニはそう言ったが、「ここまでしてくれたのにこれ以上拘束する事はできない」と七海が言ってくれたので、お言葉に甘える事にした。
あの古ぼけた木の看板も、由理の手によって新調された。新しい陸上部の旗揚げである。
「これで第一段階はクリアした。でもあと二人いないと……」
ルーシーが言うと、ユニは大丈夫だと言った。
「まあ若干クセは強めだが、頼りにはなると思う」
ユニはその人物に入ってきていいぞと声をかけた。
「お困りの様だね」
その人物は勢いよく引き戸を開けてかっこよく登場しようとしたらしいが、なまじ扉の滑りが悪い所は改修されてないので失敗した。
「痛っ!」という声が聞こえたが、みんなは聞こえないフリをする。その後ゆっくりと引き戸を開け、登場したのだった。
「あ……あなたは……」
気を取り直して、由理が言う。
「誰でもない。ただの風来坊さ」
「いや委員長だろ」
ルーシーにツッコまれたこの人物、緑山アキはユニのクラスの委員長である。
なおどんな委員長かは、本人はおろか作者すら知らない。
「困った人は見捨てられないって快く協力してくれたんだ。割と変な奴だけど、悪い奴ではない」
ユニがフォローする。
「それとあと一人……」
ユニの紹介を遮る様に、少女が勢いよく飛び出してきた。
「ちょすちょすこんにち〜!芽ヶ森アゲハだよん♡よろしくっ!」
一言で言えばギャルである。金髪に巻いたサイドテールと腰結びが特徴だ。
「芽ヶ森は『何か面白そうだから』って理由で入ってくれた。実力は未知数だ」
ユニが紹介した。
「どうしてうちのクラスってこうもクセが強いのばっかいるんだ?」
ルーシーが聞く。
「まあ……おれ達もそっち側だと思うけど……」
そうユニは語ったのだった。
ともかく、これで最低人数は揃った。ユニはみんなに号令をかける。
「みんな!大会で結果出すぞ!」
「おー!」
六人は同時に拳を高く突き上げるのだった。
悪魔との契約条項 第八条
悪魔でも、人の力になりたいと思う時はある。
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