契約その73 七海の未来、don't cry!
ネガティブ事件の翌日の事である。
ユニは十時過ぎに起きてきた。
「ふぁ……おはよう」
「おはよう」
リビングで待っていたのは七海であった。
「ふふ……何その頭。部屋の中で竜巻にでも遭ったの?」
七海がからかう。
七海から渡された手鏡を見て、ユニは今の自分の状況を確認した。
確かにクセっ毛と寝グセのコンボですごい事になっていた。
「ははあ……中々いけるな……?」
どうやら寝ボケていてあまり頭が働いていない様である。
「早く直して来なさいな」
七海に促され、ユニは洗面台へと向かうのだった。
「今日は七海だけなんだな」
寝グセを直してきたユニは、七海が用意してくれた食パンをかじりながら言った。
「うん。みんなそれぞれ予定があるみたい。私の部活は休みだけど」
七海は一年生にして「女子総合陸上部」の部長を務めている。まあ、他になり手がいなかったのもあるが。
「ああそうだ。全国大会出場おめでとう」
ユニは軽めだが拍手をして祝う。
その「女子総合陸上部」だが、全国大会に出場したらしい。過去の栄光を取り戻せたのだ。
「あの時あなたが私にチャンスをくれて、そのチャンスをみんなが頑張って掴んだお陰だよ。ありがとう」
確かに今の「女子総合陸上部」があるのは、春の大会で「全国大会ベスト8」という実績を出せた事が大きい。しかしユニはその事をひけらかしたりはしなかった。
「あの時は……キミのハートにホレただけだ。キミが必死に頑張ってなきゃ、おれは救いの手は伸ばさなかった」
ユニは眠気覚ましのコーヒーを飲みながら言った。
「岩倉先生も見てくれてるかな。私達の活躍を」
七海はふと呟く。
岩倉友児先生は、陸上部を巡る一連の事件の黒幕だった人物である。理由こそあれユニ達を自分諸共殺そうとした。
彼を今も尚慕っている彼女に、その真実を伝えるのは酷だと考えたユニは、その事を七海には伝えていない。墓場まで持っていくつもりである。
岩倉先生は、表向きは諸事情で教師をやめたという事になっている。
理由が理由なので、学校側が真実を公表する事はないだろう。
「きっと、応援してくれてると思うぞ」
ユニは再び食パンをかじりながら言った。その言葉にはウソはない。
「そうかな……そうだよね。きっと」
七海は笑顔になる。
「さてと!」
突然、七海は勢いよく立ち上がった。
「ちょっと走ってくる!大会も近いしね」
「おれも付き合うよ。ちょうどヒマしてたから」
二人はジャージに着替えると、一緒に外に出るのだった。
「どこ走るんだ?」
「そうだねぇ……とりあえず『茂照』を一周しようか」
「茂照」とは徐氏堂市の地名の一つであり、ユニ達が住んでいる所である。
つまり、七海はとりあえず近所を一周しようと言っているのだ。
「走るって言っても軽いランニングだよ」
「わかってるよ」
ジャージ姿に長い髪をポニーテールに結ったユニは答える。
「ふふっお揃いだね。さあ行くよ!いっちにっ!いっちにっ!」
十月上旬の気候は、走るのにはちょうどいいものである。それは他の人も同様なのか、何人か走っている人もいる様だ。
道中、夫らしき男性と一緒に走っているおばあさんが、「友達とランニング?いいわねえ」と話しかけてきた。
二人は彼女らに軽く会釈しながら走っていく。
「中央公園を通って、学校の裏山をゴールにしようか」
七海の提案にユニは乗った。
中央公園は、この辺りでは一番大きな公園である。日曜日なのもあってか、子供連れがたくさんいた。
七海は公園に置いてある自動販売機で水を二本買うと、ユニに手渡した。付き合ってくれるお礼らしい。
二人はベンチに座り、そこで水分補給をする。しっかり喉を潤すと、二人は再び裏山を目指して走っていった。
裏山といっても、どちらかといえば丘ぐらいの大きさである。頂上となる小さな公園までは階段が通っている。
ここの公園は、申し訳程度のブランコとシーソーがあるぐらいであり、中央公園の賑わいとは違って人はいなかった。
二人は一息で階段を上り切ると、そこにある木製のベンチに勢いよく座った。
「はーっ……終わったあ!」
七海が火照った顔で叫んだ。どこか満足そうである。
「たまには走るのもいいな」
「でしょ?」
七海はそう言うと、勢いをつけてベンチから立ち上がり、続けて言った。
「私ね、何かモヤモヤした時にはこうやって走る様にしてるんだ。走れば頭がスッキリするから、モヤモヤなんて全部吹き飛んじゃう。ユニはどう?」
ユニは少し考えて言った。
「ああ。おれもスッキリした。付き合ってよかったよ」
「私もずっと悩んでたんだ。このまま陸上続けててもいいのかって。プロにはなりたいけど、プロになれるのなんてほんの一握りだから……」
七海は、ベンチに座りながらそう言った。
「別にさ、プロになれなくてもいいんじゃないのか?」
ユニの言葉に、七海は意外そうな顔をする。ユニならきっとプロへの道を応援してくれると思っていたからだ。
「プロにならなくても、走る事はできるだろ?だからそんなに気負う事はないよ。それでもプロへの道を進むなら、おれは応援する」
「……そう。ありがとう」
七海はにっこりと笑って答えた。
「ユニは覚えてないのかな……」
七海は、自分が陸上の道に入った経緯をふと思い出す。
それは約十年前の話である。
十年前も、ユニと七海はこの小さな公園で追いかけっこをして遊んでいた。
「ふふっ!つかまえてみてよ!」
当時から七海の足は速くて、ユニには追い付かなかった。
「ハアハア……はやくてとてもおいつけないや……。だからさ、七海。おまえ、プロになれるよ」
「ぷろ?」
七海が小首をかしげる。
「そう!そのあしのはやさがあればきっとさ!」
七海の顔はぱあっと明るくなった。
「わかった!やくそくする!私、ぜったいにプロになる!」
「ああ!なれるさ!きっと!」
その約束は、今も尚、七海を走らせているのである。
「ねえユニ」
七海は、ベンチから立ち上がりつつこう言った。
「またやろうか!『追いかけっこ』!」
悪魔との契約条項 第七十三条
「約束」は、誰かの夢と希望を守っている。
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