契約その56 I'm a Vライバー!
数多くの不祥事が露見した事と、社長兼総帥が行方不明になった事で、財亜グループは解体される事となった。
こうした数々のパワハラ、セクハラは、元々財亜グループが傘下企業に課した厳しいノルマがその温床とされていたという。
どれみが言うには、その財亜グループがなくなった事で労働環境は劇的に改善するらしい。
財亜万太郎の取り巻きだった経営陣も軒並み逮捕されており、もう二度と会社経営には関われないと見る向きが強い。
経営が厳しい企業は火殿グループが援助をする事も決まり、幸い「財亜グループの崩壊による弊害」は起きなかった。
それらの出来事は全て事件から二週間以内に起こった事である。その間には、何とかルーシーが退院する事ができた。
「いやーごめん!迷惑かけちゃったな」
病院の前で待っていたみんなに、車イスに乗ったルーシーがあっけらかんと言う。
退院はできたが、まだ車イスは外れないらしい。
「本当だよ。こっちもこっちで色々大変だったんだから」
ユニが呆れながら言った。
「まあとりあえずルーシーの快気祝いとして、今日はパーティだ!」
八月も下旬に差しかかったある日、ユニ達は飲み食いを楽しんだのだった。
メイの配信も再開した。
財亜グループによる瀬楠家襲撃以降、ユニ達が警察の事情聴取を受けていたのもあり、配信業が滞っていたのである。
「みんなー!めいとちゃんねるを見てくれてありがとう!今日は剣戟アクションゲーム『シークレットソードⅡ』をやるぞー!ぼくの超絶テクニックに酔いしれていってくれたまえ!」
「シークレットソードⅡ」とは、主人公の侍が敵を次々斬り倒していく人気剣戟アクションゲーム、「シークレットソードシリーズ」の二作目である。
前作とシステムが変わりすぎてあまり売れなかったらしいが。
「面白いじゃん!システムが前作と違うけど」
久しぶりの配信は、大盛況の内に幕を閉じたのだった。
配信終了のボタンを押し、メイはイスの背もたれに寄りかかった。
最初は自分を変えたいと思って始めたVライバー活動である。
そう長くは持たないだろうと思っていたが、今まで四ヶ月、持たせる事ができた。
「やっぱり好きなんだな。Vの活動が」
メイはそう呟くと、そっと目を閉じ、しばらく休憩するのだった。
それからしばらく寝ていた様で、起きた時にはすでに正午になっていた。
メイは、何か昼食を取ろうと思い立ち、リビングを訪れる。
しかし、戸棚には何もなかった。ルーシーの快気祝いのパーティの時にほとんど食べてしまったのである。
そもそも家にはメイ以外いなかった。おそらくみんな買い物に出かけたのだろう。
そこでメイは、最近近所にできたお弁当屋さんを訪れる事にした。確か店名は「タイム弁当」といったはずである。
メイは「タイム弁当」の店舗に自転車を走らせるのだった。
8月の下旬といえどまだ暑い。店までは自転車で十分かからない距離なはずなのだが、あっという間に汗だくになる。
店内に入ると、エアコンの涼しい風がスーッと全身に行き渡る。汗で濡れているので、より涼しさを感じた。
開店直後なのもあり、店はかなり繁盛している様だ。正午なのもあってかスーツ姿のサラリーマンも見受けられる。
どうやらレジで注文するスタイルの様であり、メイもまたその列に並んだ。
しばらく並んでいると、メイの番になる。
「唐揚げ弁当のSサイズを一つください」
メイはメニューを指差しながら言った。Sサイズにしたのは、あまり食欲がないからである。
「八百五十円になります」
店員は弁当を渡しながら言った。
聞き覚えのある声である。いや、もう二度と聞きたくもなかった声だった。
メイは顔を上げてその店員の顔を見る。その顔に確信を持ったメイは、恐る恐る聞くのだった。
「お前まさか……財亜百か?」
財亜百は、三角巾にタイム弁当のエプロンという格好で接客をしていた。
「ここは私の店よ。文句ありますか?」
「いや、ないよ」
慌てて財亜百から顔を逸らしながらメイは答えた。
「……今まで、父親の教えが全てだと思っていました。弱者は虐げるものだって……。でもあなたは、動画配信っていう道で、その、頑張っていて……あまりうまく言えないけど、あなたは父が言っていた『弱者』ではない気がします」
まるで独り言の様に呟く財亜百。
渡されたレジ袋から、唐揚げのいい匂いがした。
「いい匂いだな」
メイはそう言い残すと、レジを後にする。
「あの!」
去ろうとするメイを、百は呼び止める。
「今まで……ごめんなさい。あなたにひどい事をして……父の教えとはいえ許されない事をしたと思っています」
深々と頭を下げる百。メイ待望の「心からの謝罪」である。
「……この店の常連になってやる。Vライバーの『幻夢めいと』行きつけの店ってホームページにでも書いておけ」
その謝罪を聞いたメイは少し笑いながら、百の方を横目で見ながら言った。
「……ありがとうございました!」
より深々と頭を下げる百。その言葉を背に、メイは店を後にするのだった。
メイは、ゲームだけが生き甲斐だった。
だがある時、自分を変えたい一心で、Vライバーになった。
最初はそんな動機だったが、いつしかそれも、メイにとってのもう一つの生き甲斐となっていたのである。
「そう!ぼくはVライバー!バーチャルの仮面を被って、やりたい事をやるだけやってやる!」
家に帰ってきたメイはそう呟くと、パソコンの前に座ってゲリラ配信を開始する。
「今日は嬉しい事があったからね!ゲリラ配信やるよ!」
配信が終わった直後、ユニが買い物から帰ってきた。車イス姿のルーシーも一緒である。
メイの変化に、ユニはすぐに気づいた。
「どうしたんだメイ。やけに上機嫌だな」
「ああ!勿論さ!」
ユニの疑問に、メイはとびきりの笑顔で返したのだった。
悪魔との契約条項 第五十六条
誰にでも、やり直せるチャンスがある。
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