契約その35 おれの願いのanswer!
「APES」の崩壊に巻き込まれたユニは、どこか暗い場所を漂っていた。
まるで水中を漂っている様な、不思議な感覚である。
「ここはどこだ?おれは、みんなはどうなった?」
様々な疑問が浮かんでは消えていく。
ユニは自分の辺りを見渡して、もうほとんど希望が残されていない事に気がついた。
「参ったな……このままじゃルーシーとの契約を守れない」
いや……。
ユニは気合を入れ直す。
「必ずまだ、手はあるはずだ。思いついた方法、それら全部ダメだった時に初めて諦めよう」
といっても辺りは暗闇だけで、ロクに光も入らない。
すると、どこか遠くで一瞬何かが赤く光った様な気がした。
ここに来て初の光である。目標ができた。
ユニは息継ぎなしのクロールで、その赤く光った方向へと泳いでいくのだった。
「みんな無事か!?」
その頃の現実世界では、いち早く目を覚ましたルーシーが叫んだ。
ルーシーは自分の体を見回した。さっきまであったノイズは完全になくなっている。
どうやら「APES」の消滅によって電脳世界も完全に消滅したか、こっちの世界とは切り離された様だ。
リビングの中は、まるで強盗にでも入られたかの様にぐちゃぐちゃに荒れていたが、ともかく全員が無事である。
ただ一人を除いて。
ルーシーは、ユニがいない事に気づいた。
「え!?ウソだろ!?ユニ?ユニー!」
ルーシーは慌てて全員を叩き起こす。
「何だ一体そんなに慌てて……」
「ユニがどこにもいないんだよ!」
最初は状況が掴めておらず、ぼんやりしていたみんなだが、ルーシーの言葉を聞いて眠気が全て吹き飛んでしまった。
「くそっ……ダメじゃ。わしのパソコンが壊れて電脳世界にアクセスできない!」
紫音は頭を抱えながら言う。
「ちょっと待ってよ!ユニの身に、一体何があったの!?」
七海が聞いた。
紫音は焦燥しながら言う。
「本来は『APES』の崩壊の衝撃によって生じたこの世界へ通じる穴から脱出する手筈じゃった……」
紫音は語気を強めて言う。
「だがその衝撃はこちらの想定をはるかに超えており……ユニはそれに巻き込まれた!」
それを聞いたみんなも焦燥する。
「そんな……じゃあお姉ちゃんは今どこに?」
今にも泣き出しそうな声で、由理が聞いた。
「電脳世界に閉じ込められたか、あるいは電脳世界とも違うどこか別の世界に飛ばされたか……とにかく状況は最悪じゃ」
それを聞いたみんなの反応はまちまちだった。慟哭したり、泣き出したり、憔悴しきったり。
そんな中、諦めていない者もいた。
ルーシーである。
「おれは……絶対諦めない……!」
一方、謎の場所にて、赤く光った場所へ移動するユニ。
その赤い光はだんだんと強くなっていく。まるで自分を導いている様だとユニは思った。
もはや眩しすぎて目も開けられない状況になった時、暗闇だった背景もまた赤い光に包まれた。
「うわァ〜〜〜!」
次に目が覚めた時には、ユニは赤い謎の空間で仰向けになっていた。
ユニが状況を掴み損ねていると、奥から人影が歩いていく所が見えた。
「目を覚ませ。瀬楠由仁」
その名前で呼ばれるのもかなり久しぶりである。それにその声もユニにはかなり聞き覚えがあった。
「まさか……おれ?」
それはもう、飽きる程見た顔である。
大きく綺麗な赤い目、長いまつ毛。シュッとした線の細い顔に、気持ち長めのクセっ毛でフワフワした明るい茶髪。
頭頂部からは、ひらがなの「つ」と評される大きく太いアホ毛が生えている。
紛れもない自分が、自分に話しかけてきた。
「誰だ?お前は……」
ユニが聞いた。
「おれはお前だ」
由仁は返す。その言葉はとても冷たいものだった。どこか「APES」を彷彿とさせる。
由仁はユニが寝ているそばに直立し、話しかけてきた。
「お前は男か?それとも女か?恋が多くて告白しまくっていたお前は、一体どこに消えたんだ?」
「!」
ユニは胸が締め付けられる。確かに、女になって以降は所構わず女性に告白する事はなくなった。
むしろ男性をカッコよく思う様にすらなっていた。だんだん心が女性になってきているのかも知れない。
だが男の心もまだ残っている。
ユニは、思った通りの事を自分に伝えた。
「これからどうなるのかはわからない。でも今は、両方だ」
その答えを聞くと、由仁はユニの頭の位置まで移動した。
「お前は、かつて『自分にホレた女の子全員を幸せにする』と言っていたが、今の状況は何だ?」
「お前が『APES』の創造に協力したのも、全て紫音を幸せにしたいという短絡的な考えだったハズだ』
「だがその結果、お前はみんなを不幸にした」
「そもそも何で『女の子全員を幸せにする』なんて思ったんだ?」
「まさか、『自分ならできる』という根拠のない希望を持ってたんじゃないだろうな」
怒涛の質問攻めに、ユニは何も言い返せなかった。
自分が「APES」の創造に協力したのは、紫音を幸せにしたかったから。
それは紛れもない真実である。
そもそも、今ユニの目の前にいる、彼は誰なのだろうか。
「APES」に残っていた「悪魔の力」とユニに残っていた「悪魔の力」がユニの心と合わさり、実体化した姿なのだろう。
つまり、彼はユニの心そのものである。自分の心なら、何を言ったっていい。
「『自分ならできる』って根拠のない希望を持っていたのは事実だ。でも今は『根拠ある希望』として持ってる……」
ユニは少し笑いながらこう言った。
「だっておれには仲間がいるから」
それを聞いた由仁の口角が少し上がる。
ユニは立ち上がってこう言い放った。
「そしておれが、『自分にホレた女の子全員、幸せにする』って願ったのは……」
ユニは語気を強めて言う。
「それが自分の幸せでもあったからだ!」
「!」
「だってみんなの幸せは、おれの幸せだから……。自分の幸せを追い求めて!一体何が悪いんだ!?」
力の限り叫んだユニ。それは紛れもない自分の本心だった。
「くくく……アッハッハ!」
それを聞いた由仁は爆笑した。
「そうだよ!それがお前の、おれの本心だ!」
由仁は、ユニの両肩を叩いて言った。
「その言葉、忘れんなよ。彼女達を不幸にしたら許さないからな」
それから由仁は思い出した様に言う。
「それと業務連絡だ。どうやらお前以外にも、諦めていない奴らがいるみたいだ。そいつらの元に行ってやれ」
由仁は再びユニの両肩を叩いて言う。
「……頼んだぞ、おれ……」
由仁はそう言い残すと、ユニと重なる様になってユニと一つになり、消滅した。
「ああ、勿論だ」
ユニはそう呟くと、さらに強い光が射す方へ歩いていくのだった。
ルーシー達は、自分達がさっきやった様に「人間の思いの力」と「悪魔の力」を重ね合わせ、ユニの救出をしようとしていた。
「『人間の叡智』は、『悪魔の力』には敵わない」
かつてルーシーの母「セラフィム」が語った言葉である。
それは裏を返せば自分達の力が「人類の叡智」によって創られた「APES」をも超えられるという証左でもあった。
「帰ってきて!ユニ!」
みんなが叫ぶ。
すると、突如白い光が光を放ち始めた。
やがて光は次第に人間の形を形成していき、光が白く弾けると、それは地面に降り立ったのだった。
「……ただいま。契約通り、無事に帰ってきたぞ」
「ユニ!」
みんなは一斉にユニに飛びかかり、無事を喜んだ。
誰一人犠牲にならなかった、ユニ達の完全勝利だった。
悪魔との契約条項 第三十五条
人間はみな、自分が幸せになろうと生きている。たとえその結果、悪魔に魂を売る事になろうとも。
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