契約その294 「そばにいる」という事、only oneなあの子と……!
3月も中旬に差し掛かったある日。七海は久しぶりに学校のグラウンドを訪れていた。
遠くには、後輩達が大会へ向けた練習をしているのが見える。
2年前、ユニ達と部活の存亡を賭けて参加した大会である。
(あの時は、まさかこんなに後輩が集まるなんて思わなかったけど……)
ユニの奇策によって、女子陸上部は女子総合陸上部として再スタートを切った。
それから約2年で実績を積み重ね、強豪に返り咲いた晴夢学園。
今では部員間でレギュラー争いが行われる程である。
以前はかつての強豪の姿など見る影もなかった「晴夢学園女子陸上部」は、今や完全復活を遂げていた。
(帰ろうかな……私は引退した身、みんなの時間を使わせるのは……)
今の総合陸上部の姿を見て安心した七海は、グラウンドに背を向けて帰ろうとする。
その時である。
「あの!長寺先輩ですよね!」
そんな七海に息を切らしながら駆け寄ってくる少女がいた。
「あなたは……草橋藍さん?」
「はい!「クサバシ」じゃなくて「ソウハシ」です。よく間違えられるのに覚えててくれてたんですね!」
憧れの先輩が自分の名前を覚えてくれていたのを知って、草橋は無邪気に喜んだ。
新しく入部した部員の名前ぐらいは、七海は全員把握している。
中でも、草橋は特に印象に残る部員だった。
特別成績がいいからというわけではない。むしろずっと補欠で、大会でもずっとレギュラーの応援をしている様な子である。
そんな彼女が、なぜ七海の印象に残っているのかというと、それは彼女が部員達の潤滑油になっているのと、その現状に対する彼女自身の考えにあった。
彼女が他の部員達の精神のサポートを担っているお陰で、激しいレギュラー争いがあるにも関わらず、部内の雰囲気はいい。
言わばムードメーカー的な立ち位置にいる部員である。
「最初は陸上始めたばかりの私でも、もしかしたら……って思ってたんですけど、レギュラーになれるのなんて小中からずっと陸上やってた様な人達なので……割と早い段階から諦めてました」
レギュラーへの意気込みについて、かつて草橋は七海にこう語っていた。
それがやけに七海の心に残っていて、結果的に七海にとって印象的な部員になったのである。
「先輩はどうしてここに?」
草橋にそう聞かれ、七海は少し悩んだが、わざわざウソをつく事でもないので正直に話す事にした。
「今ちょうど手が空いたから、今の部活を見学しようと思ってね」
答えを聞いた草橋は、納得した様に頷いていた。
「でも今の部員の時間を使わせるのは悪いから帰るね」
「ちょっと待って下さい!」
帰ろうとする七海を、草橋が呼び止める。
「その……練習ももう少しで終わるので、それまで待ってて下さいませんか?」
紅潮した艶っぽい顔で七海を誘う草橋。
「!!? いや、その私は……」
「じゃ、私練習のサポートに行かなきゃなので!それじゃあ!」
動揺する七海に気づかず、草橋は走り去って行った。
「えェ!? ちょっと!? 行っちゃった……」
七海は慌てて草橋を呼び止めようとしたが、遅かった。
「このまま無視するわけにもいかないし、待ってるしかないか……」
七海はふうっとため息をつくのであった。
部活の練習は、本当にすぐに終わった。
しかし辺りはもう暗く、グラウンドの電灯が薄暗く灯っていた。
すでにグラウンドには、七海と草橋の二人しかいない。
二人は、グラウンドの真ん中で向かい合う形で並び立っていた。
「お願いします長寺先輩!私と……」
「えっと……草橋さん? 非常に申し訳ないけど私にはすでに恋人がいて、その人を裏切る様なマネは……いやそれを言うならユニは私含めて19人と……いやでもそれひっくるめて私はユニの事が好きで……だから別に裏切られたわけじゃ……いや……つまり……」
頭を下げる草橋に、七海はしどろもどろになりながらどうにかこの場を乗り切ろうとする。
だが、次に草橋が言った一言は、七海にとってはあまり大した事はないお願いだった。
「私と勝負してくれませんか!? 100mの短距離で!」
「―――え?」
彼女のお願いに、七海は目を丸くして驚くのだった。
「……あー私と勝負か。成程ねー……いいよ、勝負しよう!」
七海は、とんだ勘違いをしていた自分を恥じつつ、冷静さを保って草橋のお願いを快諾した。
暗闇の中で、制服姿の二人がスタートラインに並び立つ。
「「それじゃあ……位置について、よーい……ドン!」」
二人の声を合わせた合図に合わせて、二人はゴールへ向けて走り出すのであった。
先にゴールへ飛び込んだのは七海だった。
一瞬遅れてゴールへ飛び込む草橋。
「ゼェゼェ……やっぱり速いや……アハハ……バカみたいですよね。わざわざ先輩の時間使わせて頂いて……」
照れくさそうに頭を掻く草橋。
「……」
その様子を見て、七海は決心した。
「無駄なんて、そんな事ないよ。草橋さん。……あなたは、私によく似てる」
「へ? 突然どうしたんですか? 長寺先輩」
七海の発言に、今度は草橋が目を丸くした。
「えっとその……何というか、放っとけなかったんだ。レギュラー入り逃しても、みんなの為に頑張ってくれるあなたが」
七海は焦っていた。自分程ユニを深く理解している人はいないと思っていた。
だが、次から次へとユニの「恋人」は現れていく。
ユニに限ってそんな事はあり得ないが、もしこのまま「恋人」が増えていけば、いずれユニは自分に振り向いてくれなくなるのでは?
だが七海は、自分の「親友」達を自分の恋路を邪魔する「ライバル」にはしたくなかった。
何より「ライバル」を全員倒した自分に、ユニが振り向いてくれるなんてあり得ない。
(私は、いや私達は、ユニの全てを愛してる。自分以外を愛するユニの事を)
「あーいやその……何というか、ごめんね? 変な空気にしちゃって。でもありがとう。お陰で楽しく走れた」
「先輩」
そのまま帰ろうとする七海を、草橋が呼び止める。
「こんな事言うと変に思われると思うんですけど、私誘われたんです。―――悪魔に」
「!」
それを背中で聞いていた七海は驚愕する。
(まさか……)
七海が恐る恐る振り向くと、先程と変わらない草橋が立っていた。
「でも断りました。先輩への『恨み』を問われましたけど、私別に先輩への恨みないですし。ちょっと羨ましい気持ちはありますけど」
そこで草橋は声を張り上げる。
「ですから!その……うまく言えませんけど!先輩ならきっと大丈夫ですよ! それに今日先輩から目をかけられているって知れてよかったです! ありがとうございました!」
草橋は「ありがとうございました」のタイミングで一礼すると、そのまま風の様に走って帰っていった。
(行っちゃった……だけどきっと彼女なら大丈夫か……)
走り去っていく草橋の後ろ姿を見ながら、七海はそんな確信を持っていた。
七海もまた帰ろうと、まだギリギリ閉じていなかった正門から出る。
「七海!」
正門の前で待っていたのは、当然七海の恋人だった。
「なんか女の子がウキウキしながら走って行ったけど……あの子たぶん……」
ユニは、七海のどこか満足げな表紙を見て、それ以上の詮索をやめた。
「その……ユニ、今日はさ、ゆっくり帰ろうよ。お話ししながら」
「勿論!みんなに確認を取ってからだな。心配かけちゃうし」
ユニはそう言うと、照れくさそうな七海の手を握る。
家路に就く二人の姿を、路端の電灯がぼんやりと照らしていた。
悪魔との契約条項 第二百九十四条
悪魔との契約は、強い意志で断れる。
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