契約その274 みんなでmoney-cure!
―――数ヶ月前。都内某スタジオ―――
「では、主人公役はルアさんという事になりました。これから一年間、よろしくお願いします」
「はい!よろしくお願いします!」
スタッフの言葉に、ルアは笑顔で返してスタジオを後にするのだった。
しばらく電車に乗り、ルアは瀬楠家の最寄駅で降りる。一旦事務所に顔を出した後に、ルアは瀬楠家へ戻ってきたのだった。
家に帰ると、すぐにユニが出迎えてくれた。
「ああおかえり。どうだった?オーディション」
ルアは、事務所からの頼みである番組オーディションを受ける事自体はみんなに言っていたのである。
「うーんとね……」
ルアは言葉に困った。誰もが知っている様な番組で、合格した事は他言無用と言い聞かされていたのである。一応事務所側は知っていたが。
「言えないならしょうがないよ。話せる時に話して貰えば」
ルアのただならぬ様子を察し、ユニはこれ以上の詮索をやめたのであった。
そして今。萌絵が慌てて朝のリビングに駆け込んできた。
「ちょっとこれ!どういう事ですか!教えて下さいよルアさん!」
スマホの画面をルアの目の前に押し付ける様にしながら、萌絵はルアを問い詰めた。
「えっとその……記事の通りだけど……他言無用って言われてたし……」
タジタジになりながらも、ルアは萌絵に事の次第を説明した。
「成程、結果を言うなと言われてたのなら仕方ないですね。騒いで申し訳ありませんでした」
謝罪をする萌絵を、ルアは慌てて諌めるのであった。
「おはよ……朝から何の騒ぎ?」
眠たい目をこすりながらユニがやってきた。
「あ!ユニさん!ちょっとこれ見てくださいよ!」
萌絵が自分のスマホを見せてきた。
「ん?えっと……」
萌絵が見せてきたのは、あるネットニュースの記事だった。
そこには、「新『マニキュア』、主人公声優は『J'S』のルアさんに決定!」という見出しがあった。
まだ速報レベルの話なので、制作発表会が一ヶ月後に開かれるという情報しか載っていなかった。
「すごいじゃん」
素直に褒めるユニ。
「オーディションで選ばれたんだ。えへへ……」
ルアは照れくさそうに笑った。
この前のオーディションとは、まさにこれの事だったのである。
「へー『マニキュア』か。懐かしいな。アタシも子供の頃見てたよ」
丁井先生が話題に入ってくる。休日にかこつけて、朝から瀬楠家で呑んでいるのである。
「見てたって!いつのシリーズですか!年齢的に初代ですか!?」
顔を思い切り近づけながら、萌絵は丁井先生に迫る。
「え?まあ、たぶんそうだろうな。昔であまり内容は覚えてないけど」
「初代ですか!いいですよ初代は!長く続いている作品というのは、だいたい初代がいいんです!そうでないとシリーズになりませんから!」
お二人は見た事ありませんか!と、萌絵がユニのルアの方を振り返りながら言う。
「いや、初代の頃はおれ達生まれてないし、その後のシリーズも由理が見てたのをチラッと見ただけだよ」
「私はそもそもあまりテレビ見れなかったかなあ……家庭環境的に」
それを聞いた萌絵は、ガクッと肩を落とす。
「ま……マジですか……名作なのに……かくなる上は……」
そう呟いた萌絵は、次の瞬間には勢いよく起き上がり、こう言う。
「それならば!今こそ布教するべきです!この前やった様に『マニキュア』は配信サイトでやってますから!」
萌絵はタブレット端末を持ってくると、それをリビングのテレビにワイヤレスで繋げる。
「まずは第一話!見てみましょう!」
萌絵がタブレットを操作すると、初代の第一話が薄型テレビの大画面に映し出されるのであった。
第一話なだけあって物語の導入といった内容だった。
普通の少女である主人公は、ある日謎の妖精と出会う。
話は進み敵が攻めてきてそれをどうにか退け、主人公は「マニキュア」として戦う覚悟を決めるのであった……。
「あーそうだ。確かにそんな内容だった。懐かしいなー。エンディングの歌も」
酒を呑みながら丁井先生が呟く。
「それじゃ第二話を……ってどうしたんですかユニさん」
萌絵は、スマホを見ながら神妙な顔をしているユニに気づいた。
「萌絵、ちょっといい?」
ユニは、萌絵を連れて少しだけその場を離れる。
「さっき少しだけエゴサしたんだけど、ルアが主人公の声優に選ばれた事にSNSで不満を漏らす人が多いみたいだ」
「……ええ。知ってます」
声をひそめて萌絵が答えた。
「プロの声優じゃなかったからですね。ちゃんとプロの声優さんも候補にいた上で実力で勝ち取った役なんですが……どうやら事務所のゴリ押しだと考えている人が多いみたいです」
中には人格無視レベルの、とてもここには書けない程の暴言を書き込んでいる者もいた。
「キミ自身、こういうのに思う所があったんだろう?だから『布教』も兼ねてルアに初代作品を見せようとした」
「……仰る通りです。だって悔しいじゃないですか。実力で勝ち取った役なのにあんな事言われて」
萌絵の口調は穏やかなものだが、内心では沸々と怒りが込み上がっている様だった。
「どうにか制作発表会までには、せめて初代だけでも視聴して、『初代』を見ました!って言ってくれれば、そうした誹謗中傷もなくなると思ったんですが……」
(やっぱりそうだったのか……)
萌絵が多少強引にでも初代を見せようとしたのにはそんな理由があったのである。
そしてその事は、当のルアも気づいていたのだった。
再び視聴の場に戻ってきた二人にルアが言う。
「早く見よう!私も後学の為に見る必要があるって思ってたんだ」
「アタシも懐かしいって思っちゃったよ。たまには良いものだな」
酒を呑みながら丁井先生も言う。すでに三本缶を開けている様だ。
「はい!見ましょう!みんなで『マニキュア』を!」
その後一ヶ月かけて、ユニ達は初代マニキュアを全話視聴したのであった。
そして迎えた制作発表会。
そこでのルアは、まさに堂々としていた。やはり初代を見たという事実はとても大きく、文句を言う者も少なくなった。
「これから一年間!よろしくお願いします!」
制作発表のステージの上で、ルアは深々と頭を下げたのであった。
悪魔との契約条項 第二百七十四条
誰もが皆、努力する者を侮辱してはならない。
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