契約その25 だって私はidol!
ルアを救うべく、ユニは再びルーシーと契約する事を決意した。
「もしかして、一度契約したらもう二度と契約できないとか、そういう契約があるのか?」
「いや、そんな事はない。契約の履行中でも新たに別の契約を結ぶ事は可能だ」
ルーシーがユニの言葉を訂正する。
「じゃあ早速……」
はやるユニを、ルーシーはちょっと待ったと制止する。
「でも、彼女としておすすめはしない」
「どういう事だ?」
ユニが聞く。
ルーシーは話を続けた。
「悪魔の力はそのひとかけらだけでも人間には過ぎたるもの。『最強悪魔』たるおれの力なら尚更だ。悪魔の力に人間の心が飲み込まれる可能性がある」
ルーシーは強い口調で言う。理論上は可能でも、それは禁じ手。純粋にユニの体を想っての言葉である。
しかし、それで引き下がるユニではなかった。
尚も強い目で訴えかけるユニに、ルーシーは根負けし、大きくため息をつきながら言った。
「……でも下級悪魔を圧倒できる程度の力なら、約10分間は使用可能だ。だがそれでも悪魔の力に飲み込まれる者はいる」
それからルーシーは、ユニを強い目で見つめて言った。
「……でも、キミなら大丈夫だと信じている」
「ああ、それで十分だ……!」
ユニは強く頷いた。
それからユニは、持っていた買い物かごとルアが残したビニール袋を下ろして言った。
「これが今日言われた買い物だな。夕飯はどれぐらいでできる?」
「あと一品だけ。10分あればできる」
由理が答えた。
「ありがとう。じゃあそれを作って待っててくれ。必ずルアを連れて帰るから」
みんなは強く頷くのだった。
「ルーシー!」
「わかった」
ルーシーは人間態を解き、最強悪魔「ルシファー」の姿に戻った。この姿を見せるのはユニ以外なら初めてである。
「これが……話には聞いてたけど……」
藤香が感嘆の声を漏らした。
「ルシファー」はユニの髪の毛を一本むしると、口に含んでそのまま飲み込んだ。
「契約成立!今から10分間!お前は悪魔の力を使える!急げ!『瀬楠由仁』!」
「任せろ!」
ユニはドアを突き破る勢いで外へ飛び出していった。
夜の町を風の様に走る中で、ユニは思索する。
誘拐されたとしてどこにいるのだろうか。当たり前だが「人目のつかない場所」だろう。
しかし、候補が多すぎて絞り切れない。
「……こういう時の悪魔の力か」
意を決し、ユニは悪魔の力を行使した。「徐氏堂大橋の下」という結果が出る。
この勢いならあと一分で着ける距離である。
「無事でいてくれ……!ルア!」
徐氏堂大橋は、安行和田川の上に掛かる大きな橋である。
近くにバス停留所やさっきユニ達が行った商店街もあり、ここ一帯では一番発展している場所となっている。
その一方で、橋の下はホームレスの生活場所になっているなど、この町の光と闇を象徴する場所である。
その橋の下に、担ぎ上げられた美少女と、汚らしい男がやってきた。
ホームレスの住居らしきものはあるが、みんな不在らしい。
特に人の往来が激しくなる午後七時台、ホームレスにとっても稼ぎ時なのである。
これ幸いと、男は妙に優しく美少女……ルアを地面に下ろした。
髪は解け、メガネはどこかに落としており、上下ジャージ以外はほとんど普段のルアの姿と変わらなかった。
「あなたはもしや……」
ルアが言いかける。
男は、それを無視して淡々と話しかける。
「ルアちゃん!キミはね、僕を救ってくれたんだ!不幸のどん底にいた僕を!でもキミは振り返ってくれないから!僕を愛してから死んでくれないかな……!」
錯乱した男の姿が異形に変わる。下級悪魔と契約し、己の体を悪魔に貸したのだ。まさに悪魔に魂を売ったと言える。
「……あ」
その姿にルアは恐怖のあまり動けなくなった。
このままじゃ殺される!そう思ったルアは、届くともわからないその名を叫ぶ。
「助けて!ユニ!」
男がルアに襲いかかろうとしたその刹那、何者かの飛び蹴りが男の肥えた腹に突き刺さった。
「ぐあァ〜!」
男は体型も相まって、まるでボールの様に跳ねながら吹き飛ばされた。
「ハァハァ……ギリギリ間に合ったぞ。ルア!」
「ユニ!」
吹き飛ばされた男が立ち上がる。
「人間ニオレガ吹き飛バサレルハズガネェ!オ前モ悪魔ニ魂ヲ売ッタノカ!」
男の口調が片言になる。悪魔の人格が出てきている様だ。
ユニの体からは黒い翼が生え、口からは八重歯が生えていた。そのまま悪魔と言っても通じる容姿である。
「オレノ契約ノ邪魔ヲスルナァー!」
「ちょっと待って!」
そう叫びながら向かってくる悪魔を、ルアが止めに入る。
「!?」
時間の都合で急いで倒そうとしたユニも驚く。
「あなた、焼貝範太郎さんでしょ!知ってる!ずっと観客席の最前列で応援してくれてる事!」
「ドウシテおれの名前を……」
「あなたのプレゼントしてくれた服、今も大事に来てるんだ。ホラ!」
ルアは着ているジャージの胸の方を指差す。よく見ると貝の刺繍がしてあるのが見える。
「そんなバカな!ウソだ!」
「ウソじゃないよ。私はウソつきだけど、これは本当。私はファンの一人一人を大事にする。この思いはウソじゃない」
ルアから恐怖はすでに消え、聖母の様な笑顔を見せた。
「何でそんな事を……!」
「だって私は……アイドルだから!」
ルアはきっぱりと言い放つ。
「ウ……ウワァー!」
いきなりその場でのたうち回る男。
「バカナ!ヤメロ!オ前!契約ヲ果タセ!畜生!コノママジャ消エチマウ!人間ゴトキニ!オノレ!オノレ〜!」
悪魔はそのまま浄化される様な形で消滅した。
浄化された男は、さっきとは比べ物にはならない綺麗な瞳をしていた。
「申し訳ない」
謝罪の言葉を口にする男に、ルアは優しく声をかける。
「自首して、罪をちゃんと償って、それからまた応援しに来て下さい」
男は柔和な笑顔を見せて、自首をしに警察へ出頭するのだった。
ようやく全てが終わった。悪魔の力の時間制限が来たユニはその場にへたり込んだ。
それでも立ち上がり、ルアに言う。
「ケガはないか?」
「自分に、ウソをつくのも楽じゃないね」
そう言うと、ルアはユニの胸に飛び込み、その胸の中で堰を切った様に泣き出したのだった。
ユニはその頭をゆっくりと撫でた。
ルアはそのまま赤子の様にしばらく泣き続けたのだった。
「みんながご飯を作って待ってくれてる。帰ろう。おれ達の家へ」
そして二人は帰路についたのだった。
家の前ではみんなが待っていた。
「ただいま」
「おかえり」
全員の間に安堵した雰囲気が流れる。
「それと、ごめんなさい」
謝ったのはルアである。
「私は試すつもりでユニにキスをした。それがあなた達の気持ちも知らないで……。だからごめんなさい」
深々と頭を下げて謝るルアに、ルーシーは言った。
「何言ってんの!そのキスは私達全員が上書きしたから!」
「……へ?」
ルアは目を丸くする。
「ユニちの唇柔らかかった〜!」
「キスってあんな味がするんだ……って思った」
みんなそれぞれ感想を言い合う。
「だから、私達の間にはもう因縁はなし!歓迎するぞ!ルア!」
ルーシーは手を差し出す。
ルアはその手を取り、言った。
「これからも……よろしくお願いします!」
泣き腫らした顔で、ルアは笑顔で答えるのだった。
悪魔との契約条項 第二十五条
人間では悪魔には勝つ事はできない。
しかし、暴力以外の方法ならば勝てる可能性がある。
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