契約その24 Let's start!アイドルとの生活!
突然の来訪者に、ユニは驚いてみんなを叩き起こした。
「ふぁあ……一体何〜?土曜くらいゆっくり寝かせてよ〜」
徹夜したらしい藤香と、なぜとは言わないが元々土日は早起きなアキ以外は、みんな一様に愚痴をこぼしていた。
「彼女の顔を見ても、まだそんな事言えるのか?」
ユニが言う。
その顔を見たルーシー達は、一気に目が覚めた。
「ウソだろ!?」
ルーシーは驚愕する。
「何でここに?」
アゲハも驚く。
「まったくだ。何でここの家がわかって、一体どういう風の吹き回しで一緒に住もうってなるんだ」
ユニが呆れながら言った。
「すっすす住むゥ!?」
それを聞いたルーシー達はさらに驚く。
「ダメなの?」
ルアはキラキラした目で見つめながら言った。
「いやいやいや!まったくダメじゃありませんとも!」
「むしろ歓迎というか……」
「ねェ……」
みんなが口々に言い合う。
こうして、ルアの移住が決まったのだった。
「という事で、一緒に住んで貰うんだけど、本当に大丈夫なのか?」
ユニが聞く。
「つい昨日まで事務所の寮に住んでたんだろ?そっちの方がセキュリティ的に安全じゃないのか?」
ユニの疑問はもっともである。寮といえど汚くせまいわけではない。
玄関とエントランスは完全オートロックで、警備員も常駐している。一般住宅に過ぎない瀬楠家よりも安全なはずである。
「大丈夫。その辺は心配いらないの。だってこの家の隣に事務所も引っ越してきたから」
瀬楠家の隣、七海の家とは逆隣にあたる家は長年空き家になっていた。
今回、その土地と家屋を会社が買取り、新たな事務所としたのだという。
しかし所属タレント一人の引っ越しでここまでするのか?
その疑問をルアにぶつけてみた。
「ああそれはね、ウチの事務所は私の人気で成り立ってる様なものだから、多少の無茶は通るの」
果たして事務所移転は多少の無茶なのか?そんな疑問がみんなの心の中に去来したが、そこはあえて触れなかった。
「というわけで、これからよろしくお願いしまーす!」
ルアが大きな声で挨拶をするのだった。
「今日からここがキミの部屋だ。好きに使っていいぞ」
ユニはルアを三階の一室に案内した。
「アイドルにはせまいかも知れないけど、鍵はあるし、クローゼットにベッドに机や棚もある。難儀はしない筈だ」
「ホント?ありがとう!」
こうやって素直にお礼を言える所がルアの好かれる所なのだろう。ユニは思った。
そうこうしている内に夕食の時間になった。今日の夕食の由理特製ハンバーグがもはや大所帯となった食卓に並んだ。
中にはキャベツのみじん切りが入っていて、栄養バランスも考えられている。
一方、点けていたテレビでは音楽番組をやっていた。
ルアの所属するアイドルグループ「J's」は大トリで歌うらしい。
まもなくその出番が来た。
スポットライトが彼女らを熱く照らす。
歌の第一声、それは聴衆の心にドカンと響き、テレビの前も含めた観客のテンションは最高潮に達した。
ユニは「トップアイドル」の実力に、ただ圧倒されるのみだった。
「んー個人的には大不満」
この恐ろしい程素晴らしいライブに不満を持つ者が一人だけいた。
ルア本人である。
そのルアは、自分の振り付けを指差しながら言う。
「ほらここ!手の振りが五度ズレてる!歌の入りも他の子より0.1秒速かった!」
「それぐらい許容範囲じゃない?」
ユニはそう言うが、当の本人は妥協できない、見る人は細かい所まで見ると言っていた。
「だってファンの人達の思いを裏切りたくないから」
翌日。ユニは由理に買い物を頼まれたので、ルアを伴って買い物に出かける事にした。
「服とかどうしよう」
「そのままでいいんじゃないか?」
ルアは首をブンブン振って否定した。
「そんなのダメ!学校での私の扱い見てるでしょ?変装しないとロクに外も出歩けないの」
成程、それはそうである。仕方ないのでユニは彼女の準備が終わるまで待つ事にした。
「これでよし」
準備はすぐに終わった。
ルアは瓶底メガネに髪を団子に束ねていた。
服はなぜか貝の刺繍が施された上下ジャージ。これでは誰もトップアイドル「ルア」だとは気づかないだろう。
「何というか、田舎から上京してきた『女学生』って感じがするな」
あえて「女学生」と例えた所がミソである。
「ふーんじゃあ……『いやーすっげー都会だなあ。ビルも山程建っとるだよ。おらこの先ここで暮らせるか不安だなあ』」
今のはユニが言った「田舎から上京してきた女学生」の演技である。その演技力に、ユニはただ圧倒された。
「すごいな。アイドルだけじゃなくて演技の才能もあるのか」
「えへへ……」
ルアは照れた。
ユニはルアに「アイドルの才能がある」と言ったが、それは間違いである。
ルアには、「演技の才能」しかない。
普段のアイドルの活動は仕事で会うアイドルのいい所を抽出して構成した「みんなの考える理想のアイドルの演技」に過ぎず、ルアはそれを「紛い物」と捉えていた。
「自分がわからない」のは、常に「自分ではない誰か」を演じていて、自分を見失っているからである。
「じゃあ行こうか」
二人はドアを開けて外へ繰り出したのだった。
目的地は駅前の商店街。昔ながらの専門店が立ち並び、ショッピングモールに押されながらも未だに活気づいている。
「肉屋のおばちゃん!この子ウチの新入りなんだ!だからサービスしてくれよ!」
ユニは軽い感じで肉屋の女店主に頼んだ。
「いいよ!ユニちゃんが言うなら!」
店主は快くソーセージをおまけしてくれた。
「その子かわいいからサービスしてあげちゃう」
そう言いながら魚屋のおじさんはサンマを、果物屋のおじさんはブドウをそれぞれオマケしてくれた。
「ふう。大量大量!中々いい雰囲気だったろ」
大きな買い物かごを抱えてユニが言った。
「うん。私も好き」
そう返すルアも、大きなビニール袋を抱えていた。
「たまには仕事の事とか忘れてこうのんびりするのも……なあルア……ルア!?」
ユニが目を離した隙に、突然、大きなビニール袋を残してルアは忽然と姿を消してしまった。
誘拐?いや考えられない。
確かにユニはルアから目を離していたが、素早く拉致するとしても雰囲気でわかる。
並の相手なら、ユニはすかさず首根っこを押さえて捕縛するだろう。それができなかったとしたら……!
こうしちゃいられない。そう考えたユニは、慌てて家路を急ぎ、みんなに事の顛末を話した。
彼女達の間に動揺が広がる。
ユニは自分のせいだと謝罪したが、みんなは仮に同じ状況に置かれたとしたら誰でも同じ結果になっていたとユニを慰めた。
そんな中、沈黙を守っていたルーシーが断言する。
「それはきっと悪魔の仕業だ」
悪魔……!
みんな、特に藤香は戦慄した。
「悪魔だとしたら、みんなじゃ敵わない。おれが行く」
「いや、おれだ」
手を上げたのはユニだった。
全ては自分の責任だからとの事である。
無茶だと反論するルーシーに、ユニは懇願する。
「頼む!またおれと契約してくれ、ほんのひとかけらだけでいい!キミの力の一部を、おれに分けてくれ!」
悪魔との契約条項 第二十四条
契約次第では、人間でも悪魔の力を使う事ができる。
読んで下さりありがとうございます。
いいね、感想などをよろしくお願い致します。