契約その22 アイドル界の若きqueen?
ただでさえ個性的な生徒が多くい集う晴夢学園高校だが、その中でもとりわけ個性的な生徒がいる。
「みんなー!今日は私達のライブに来てくれてありがとう!」
「うおー!」
そのライブの盛り上がりの様子を、ユニはテレビで見ていた。
「ものすごい盛り上がりだな」
ユニは素直な感想を口にした。
「すごいなんてもんじゃないよ!歌にダンスに演技にバラエティ!あらゆる場所から引っ張りだこの、まさに今をときめくトップアイドル!」
アゲハが嬉しそうに声を上げた。
アイドルグループ「J's」の不動のセンターにしてトップアイドル「ルア」。
一年前にキラ星の如く現れ、瞬く間に芸能界を席巻した。
名前を飯戸留愛といったはずだとユニは記憶している。
本名は明かしていないはずなのに、なぜユニが名前を知っているのかというと、何を隠そうこのルアがユニ達のクラスメイトだからである。
「飯戸留愛」という名前は本名ではないのではないかという噂が立っているが、ユニの情報収集能力を以てしても彼女の本名を明かす事は難しかった。
長い黒髪をスポットライトで照らしながら、時に激しく、時に優しく、時に悲しく歌う彼女の姿は、たとえ興味がなくともたちまち目を奪われてしまうだろう。
その上ファンサービスもよく、浮ついた噂もないとくれば人気が出るのも当然である。
人は彼女を「アイドル界の若きクイーン」と読んでいる程である。
その彼女が午後から学校に来るという噂が立ったのは、その翌日の事である。
特に男子生徒は明らかに色めきだっている様だ。
ユニは、彼らの気持ちも理解していた。
「まあある程度出席しないと日数足りないからだろうが」
ルーシーは言った。
午後になり、教室中の、いや学校中の雰囲気が変わった。彼女が来たのである。
そして来る午後十二時過ぎ、突然ドアが開く。
その瞬間、その場にいるもの達はその圧倒的オーラに当てられ、ドアの方向に釘付けになった。
「おはようみんな!いや、こんにちはの方がいいのかな?」
次の瞬間、クラスメイト達がまるで獲物を狩るライオンの如く一斉に飛びかかり、ルアを取り囲む。
それはさながら下僕とそれを侍らす女王様の様だった。クイーンと呼ばれるのも納得である。
その下僕共は、突如芸能ゴシップ誌の記者に変わった。
「何でこの学校選んだの?」
「何で今日来れたの?」
「サイン下さい!」
「握手して!」
ルアはその一つ一つの質問に真摯に答えていた。
曰くこの学校を選んだ理由は会社の寮が近かったからだという事と、さすがに今日来ないと留年になると学校側に圧力をかけられたからだという事である。
これらの情報は少し離れた場所にいたユニにも聞き取れた事だった。
きっとクラス中に聞こえる様に話してくれているのである。そりゃ人気も出るわけだ。
しかも彼女見たさの野次馬が廊下にまで現れている。もはや廊下は身動きが取れない程混雑していた。
「一体何だこの騒ぎは!」
遠くから先生の声が聞こえるが、彼もこの騒ぎには打つ手なしといった感じである。
始業のチャイムが鳴るとさすがにいくらか人は減ったが、中には授業をサボるのを覚悟で廊下に居座る者もいた。
そんな彼らも、怒れる先生の手によって無残にも蹴散らされたのだった。
そんな騒ぎがあったので、授業の開始が十五分程遅れた。
その騒ぎの渦中にいたルアは、授業中にも関わらず居眠りをしている様だ。
偶然か、優しさか、あるいは忖度か、そんな彼女に発言させようという教師はいなかった。
そんなこんなで下校時間になる。
ルアと別れるのが名残惜しいと中には泣き出す者すらいたが、彼女の一週間ぐらい通うという言葉に、クラス中が狂喜乱舞した。
ユニが家に帰っても、テレビはしきりにルアのライブの様子などを映していた。
そのライブの様子を見ていたユニは、ある違和感に気づいた。
「ルアって色々な髪型にしてるよな」
「そりゃ衣装によって合う髪型合わない髪型色々あるからね」
アゲハが言う。
「でもほら、これ見てくれ」
ユニはみんなにスマホの画像を見る様に言った。スマホで画像検索をしたのである。
様々な衣装、髪型のルアが映し出されているが、全ての写真に共通しているのは、まるでこめかみの辺りを隠す様に長い髪が生えている点だった。
「こんなに邪魔そうにしてるんなら、切るなりまとめるなりすればいいのに、何でそうしないんだ?」
「偶然じゃない?」
七海が言った。
「いや、偶然と片付けるのは早いと思う」
自室から降りてきた藤香が言った。
「藤香」
「職業柄、芸能人と対談する機会もあるんだが、皆大なり小なり『歪み』を持っている雰囲気がある。彼女が何かしらの『歪み』を持っていても不思議じゃない」
経験者は語るという奴である。
「まあ、彼女がどうであれ、僕達には関係ないと思うけどな」
藤香はそう言い残すと、栄養ドリンクを一気飲みし、再び自室へ戻っていった。
また原稿の締め切りが近いらしい。
その翌日、本人が予告した通りルアはやってきた。今日はしっかり午前中からである。
普通に登校すると、野次馬が現れて大変な事になるので、所属事務所の車で登下校するらしい。
そして始業ギリギリ前。
まさに絵に書いた通りの、黒塗りの「高級車」が校門をくぐってやってきた。
アイドル事務所というよりもむしろヤのつく人達が乗ってる様な車である。目立たせない気はあるのだろうか。
ともかく、その車に彼女は乗っているのだろう。その車にあっという間にすごい人だかりができたのでほぼ確実である。
結局始業開始十五分遅れでルアはやってきた。
「すみませーん遅れましたー」
ルアは恐る恐る教室に入るという「アクション」を起こし、ようやく席に着いたのだった。
その日もまさにルアを中心に学校が動いていたと言える。
昨日の様に人だかりが廊下まで伸び、急遽開かれたワンマンライブ(無料)の際には多くの人がその歌声に酔いしれた。
こうして、嵐の様な二日目は終わったのだった。
終わりではない。
終わった直後、教室にはまだ多くの生徒が教室に残っていた。
それどころか放課後こそがあの人気アイドルを一目見る狙い目だと、また教室前の廊下に多くの生徒が現れ出していた。
そこで事件は起きたのである。
ユニは何とかして帰ろうとしていたが、廊下の人達が邪魔で出られないという状況になっていた。
おそらく普通に帰ろうとした生徒の多くはこの状況に難儀していただろう。
ユニはほとぼりが覚めたら出ようと思い、自分の席に腰を下ろす。
そこへやってきたのが何を隠そうルアである。
「何の用?」
ユニが聞くと、ルアはユニを立たせると、何も言わずにユニに顔を近づけて……。
「!?」
キスをした。
唇は柔らかかった。心臓が激しく鼓動し、口から飛び出そうになった。
それでも動揺を抑える事ができず、ユニの体は小刻みに揺れていた。
動揺したのはユニだけではない。ルアに逐一注目していた人達全てが、ルアが起こした行動に驚愕した。
勿論、一番動揺しているのはユニである。
―――キミ……一体何を……!?
ユニは問うが、ルアは何も答えなかった。
彼女の真意は、今は彼女以外の誰にもわからなかった。
悪魔との契約条項 第二十二条
「悪魔」は、人間界にも存在する。
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