契約その20 初恋eternal!
「ルーシー!」
「ハル」に捕えられたユニは、その救世主の名を叫ぶのであった。
「何で……何でお前がここにいるの!?人間ではここに入ってこれない筈なのに!」
わけもわからずに「ハル」は叫ぶ。
「何でって……簡単な事だ。おれの真の名は『ルシファー』!上級悪魔にしてその中でも『最強』の名を関する悪魔だ!下級悪魔の力なんざ容易に無力化できる!」
「そんな……」
これは非常にマズい状況だと「ハル」は理解した。敵に「ルシファー」がいる以上、こちらに勝ち目はない。
ならば「ハル」が取るべき方法は一つしかなかった。
「ハル」は一瞬でユニから離れると、脱兎の如く逃げようとした。
「ルシファー」に自分を消す意思がない事に賭けたのである。
「逃がさない」
「ルシファー」はそう言うと、「ハル」の胸ぐらを掴み、床に叩きつけ、押さえ込んだ。
奇しくもその体勢は、さっきまで「ハル」がユニに対してやっていたものと同じ形だった。
「ハル」は必死に体を動かそうとしたが、「ルシファー」に抑えられた体はピクリとも動かなかった。
「ぐっ動けない……!畜生ここまでか……」
「ハル」は観念した。
「動機はわかるぞ。いつからかは知らんが、その子に取り入って、彼女と複数回契約を結んで自分の力を強めようとしたんだろう」
「ルシファー」の言葉を、「ハル」は黙って聞いていた。
「そしておれ達の周りで起こった奇妙な出来事もお前の仕業だな?早めに気づいてよかったよ」
「ルシファー」は事前にこの案件に悪魔が関わっている事はわかっていた。だから今日一日は常に警戒していたのである。
「運が悪かったな。相手がよりによっておれとは。心から同情するよ」
そうは言いつつも、押さえ込む力は一切緩めてない事がわかる。
「待てルーシー!」
ユニが叫ぶ。
「その体はクラスメイトの『足塚藤香』さんのものなんだ!そうやって無理やり押さえ込んでるとどうなる?」
確かにこのままだと人間の肉体に負荷がかかる。ルーシーは体をどける事にした。
「おれの『恋人』に免じて解放するんだ。逃げられるわけないだろ」
ルーシーはそう言い放つ。確かに体こそどけたが、「ハル」を逃がさぬ様にに常に目を光らせているのがわかる。
「ハル」は、己の運命を悟った。
「……わかりました。でも少しだけ、『彼女』と会話をさせてください」
「彼女……」
おそらく藤香の事だとユニは察知した。
何もない、真っ白な空間。藤香の深層心理の中で、二人は再会した。
「『ハル』!」
藤香は彼女の元へ駆け寄った。
「ごめん。僕のワガママのせいで」
「気にする事はありません。私はあなたを利用していた。自分が上位の存在になろうとして、勝手に破滅したんです」
藤香は「ハル」を抱き締めた。
「……藤香?」
「利用するされるの関係でもいい!キミは僕の親友なんだ!……ありがとう。これだけは言っておきたかった」
「ハル」は、藤香の頭をゆっくり撫でながら言った。
「お願いがあります。藤香。『初恋エターナル』を頼みます。あなたとの契約で始めた物語だけど、私達にはすでに多くの読者がいますから。彼らを裏切らないで下さい」
藤香は強く頷く。
「最終回までのプロットは、全てノートに残してあります。それを見た読者の反応を知れない事は心残りですが……あなたの中に私はいるから……。どうか、よろしくお願いします」
「『ハル』……」
二人は再び抱き締めあったのだった。
「用は済んだか?」
「ルシファー」が現れて、聞いた。
「はい」
「……悪いな」
「いえ……」
もう言葉は不要だった。「ルシファー」は、「ハル」の体を腕で貫いた。
今際の際、「ハル」はこれだけは言い残しておかなくてはならないと思い、藤香にこう言った。
「大好き」
「ハル」はこう言い残すと、光となって弾け、消えていったのだった。
―――藤香!しっかりしろ!藤香!
ユニの呼ぶ声が届き、藤香は目を覚ました。
「ずいぶんと、長い夢を見ていた気がする」
藤香はポツリと呟いた。
「そうか」
ユニはそれだけ呟いた。
ルーシーは、黙ったままだった。
「と、いうわけで……」
その翌日、ユニは藤香をみんなに紹介した。
「クラスメイトの足塚藤香もここに住む事になった。仲良くしてくれ」
「よろしく……」
仲間達は、藤香を快く受け入れたのだった。
「それとみんなに伝えておきたい事があって……」
藤香は自分が「初恋エターナル」の作者である「黄桃ハル」である事を伝えたのだった。
「!?」
みんなの反応はまちまちだった。驚く者、疑う者、笑う者……。
アキはどこからか持ってきたサイン色紙とペンを渡して言った。
「サインください!」
「サインか……」
サインを書いていたのは「ハル」である。自分ではない。書けるかどうかはわからなかった。
藤香は色紙にペンを置いた。すると、まるで腕が意思を持ったかの様に動き、色紙に見事なサインを書いた。
「はいどうぞ」
「うおーすごい!本物だ!ありがとう!」
「じゃあウチにも!」
「私にも」
そうこうしている内に、リビングはいつの間にかサイン会場になってしまったのだった。
「ふー書いた書いた」
藤香は、自分が「ハル」の代わりをする事に大きな自信を持つ事ができたのだった。
「しばらく休憩……」
しかし、ある重大な事を思い出した。
「休憩してるヒマなかった!」
藤香は突然慌て始めた。
「一体どうしたんだ!」
ユニが驚いて聞いた。
「一週間後に締め切りがあったんだ!」
「締め切り!?昨日終わったから教室で寝てたんじゃないのか?」
ユニが聞く。
「週刊連載だから毎週ある。僕は学生と兼業だから人より使える時間が短いんだ」
「じゃあ急いでやらないと!」
ユニ達は全員で家の三階へ行き、藤香を空き部屋に招待する。
藤香は感想を言うヒマもなく、旧スタジオから持ってきた画材道具や資料を手早く机に置いていく。
瞬く間に家の一角が「黄桃ハル先生」のスタジオになった。
「みんなにも手伝ってほしい。みんな素人だから(僕もだけど)、ベタ塗りかな。できる人は背景とかも描いてほしいけど」
「アシスタントさんとかは?」
ユニが聞く。
「生憎みんな休みを取ってて、一週間ハワイ旅行に出かけてる」
何してんだ一体。
みんながそう思った。
しかしそんな事を言ってるヒマはない。全員が椅子に座り、作業に取り掛かる事にした。
―――一年前―――
「デビュー作のタイトルどうする?」
駆け出しのマンガ家、「黄桃ハル」先生が自問自答していた。
「ジャンルはラブコメ。じゃあ『恋』はタイトルに入れたいな」
「うーん」
共に唸る二人。
「こうして二人でずっと悩んで描いていければいいな〜」
ふと藤香が言う。
それを聞いた「ハル」が叫んだ。
「それです!『ずっと』、つまり『永遠』を英語にすると何になると思いますか?」
「Eternal……?」
「そうです。だからそれに恋を合わせて……あとは……」
完成したタイトルを、二人で声を合わせて叫ぶ。
「『初恋エターナル』!」
それが、タイトル誕生の瞬間だった。
―――「ハル」。僕はキミになる。キミになって、「初恋エターナル」を完成させる!
「だから、見ていてくれ……!」
新たな仲間と決意と共に、「黄桃ハル」は机に向かうのだった。
悪魔との契約条項 第二十条
悪魔と人間が友人関係になる事はない。
ただし、何事にも例外は存在する。
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